2020年02月23日

もうすぐ春ですね

 キャンディーズの歌が聞こえてきそうです。春一番が吹きました。日差しが長くなりました。午後の6時でも、空はぼんやりとであるものの明るくなりました。もうすぐ春です。
 私は秋よりも春のほうが好きです。紅葉よりも新緑のほうが好きです。桜の開花よりも葉桜のほうが好きです。花よりも若葉のほうが好きです。
 でも、やはり花も好きです。タンポポや菜の花やレンゲやすみれのような、野に咲く、道端に咲く、どってことない名も知らぬ小さな花が好きです。
 チューリップだとか薔薇だとか、ダリアだとか、百合だとか、ひまわりだとか、そんな派手やかな花はどうも好きになれません。蘭なんてのは、どことなく気持ち悪いです。なんか、食虫花のような気がします。(2440)
posted by 矢島正見 at 01:36| 我流雑筆

2020年02月21日

『ビッグ・クエスチョン』B/4

 スティーヴン・ホーキングは「ビッグ・クエスチョン(原題:Brief Answerds to the Big Questions)」として、宇宙の解明を提示した。これはよくわかる。しかし、9章にて人工頭脳(AI)を問題として提示している。これはいささか意外である。宇宙物理学とは関係ない。専門領域外ではないのか。

 私が素人ながらもし「ビッグ・クエスチョン」として提示するならば、第一に、ホーキング氏同様、「宇宙」である。そしてそれはやはり、素粒子の世界・量子力学の分野とビッグバンの世界・宇宙物理学の分野からのクエスチョンである。

 第二のビッグ・クエスチョンは、宇宙と地球の歴史である。137(138)億年前に宇宙が出現した。120億年前に旧銀河系ができた。100億年前に銀河は他の銀河と衝突して、今の天の川銀河宇宙が出来上がった。46億年前に太陽系が出来、最初に木星ができた。土星ができた。そして源地球ができた。源地球に巨大な天体(火星ほどの大きさか)が衝突して月ができた(複数の天体の衝突という説もある)。
 38億年前に地球上に生物が出現した。35〜27億年前にシアノバクテリアが酸素を創り出し、約20億年前にミトコンドリアを取り込んだ宿主が生まれた。5億年前に生物の大爆発発生期が生じた。こうした流れの中の地球44億年の歴史である。

 なお、NHKにて放映された太陽系をテーマとした番組では、巨大な木星は太陽の周りをまわりながら徐々に太陽に接近していった、とのこと。その間、太陽系のガス・塵・岩石・小惑星を重力により拡散させ、本来ならばできていたはずの惑星をつくらせなかったという。
 そして、徐々に出来つつある源地球にも近づいてきた。もしこのまま木星が接近してきていたならば地球は存在し得なかった。
 ところが、ある時に木星の接近が収まり、安定した軌道を回るようになった。これが今の木星である。木星をそうさせたのは土星だという。太陽と木星と土星の位置のバランスがとれたわけである。
 そして、その結果、地球は実に素晴らしい位置を保つことができたという。生命の発生はこうしてできたわけである。木星様様であり、土星様様である。

 ホーキング氏から外れてしまった。元に戻る。
 第三は、700万年の人類史である。ホモサピエンスに至るまでの人類史である。旧石器時代までの、文明というものが出現するまでの歴史である。

 第四は、DNAである。あらゆる生命体のDNAであり、DNA史である。昆虫のDNAとその歴史を知りたい。昆虫出現時のDNAと今の昆虫のDNAの違いを知りたい。蟻のDNAと蜂のDNAの関係性を知りたい。いったい、昆虫の祖先はどんな生き物だったのだろうか、どのような系統図が描けるのだろうか。知りたい。
 さらに、遺伝子組み換えとゲノム編集の未来を知りたい。蚤の跳躍力をもった人間、チータのように走れる人間、イルカのように泳げる人間、そして巨神兵のような巨大にして強靭な躰をもった人間が可能なのか否か、知りたい。

 すでに中国ではゲノム編集に基づいての遺伝子組み換え実験が行われているという(本当かどうかは確かではないし、どれほど研究が進んでいるのかはさらに確かではないが)。もしそうだとしたら、実験が成功して生まれてきた子どもたちが若者になった頃には、オリンピックの全種目の金を中国が獲得することになる。
 しかし、そうした中国の目論見も達成する前に、とんでもないことが起きるのではないかと、予測する。その予測が第五である。(2439)
posted by 矢島正見 at 14:00| 我流雑筆

2020年02月15日

『ビッグ・クエスチョン』A/4

 しかし、それでも面白い。ビッグバンの始まりは特異点。素粒子よりも小さな点から始まった。無限大の密度をもった一点である。ビッグバン以前には、時間も空間もない。
 空間がないということは、まったくの無である。空間の中に何もない、ということとは全く違う。
 時間がないということは、過去も現在も未来もないということであり、因果関係が成立しないということだ。したがって、「何故ビッグバンが起こったのか」という問はナンセンスである。それはビッグバンによって時間が出来た以降の問でしかない。ビッグバン以前に、その原因を問うことはできない。原因と結果は時間があるからこそ、成立するのだから。

 ブラックホールについては、「我流雑筆」の『宇宙はなぜブラックホールを造ったのか』(2361)で述べた。
 再度確認することは、ブラックホールにも時間と空間がないということだ。ブラックホールの入口は入る直前まで未だブラックホールではないので時間がある。ブラックホールの出口も出たところからはブラックホールではないので時間がある。その間は時間も空間もない。不思議である。人間で例えるならば、物を食べた。それはわかる。ウンコが出た。それもわかる。その間がわからない、ということだ。
 だいたい、ブラックホールには出口があるのだろうか。あるとして、出口と入口は同じなのではないか、いや、もしかしたら出口は外宇宙にあるのではないだろうか。そうなると、ブラックホールは現宇宙と他宇宙との繋ぎということになる。

 ところで、「エントロピー」というのが、どうもわからない。無秩序だとか、無秩序の量子・エネルギーだとか、宇宙を無秩序としての力学だとか。さっぱりわからない(ネットで検索してもわからない)。
 わかることは、宇宙物理学と量子力学とが、学問的には限りなく接近しているということだ。とてつもなく巨大な領域の学問ととてつもなく微小な領域の学問との二つが統合化しないと、宇宙の真の解明はできない、ということだ。気の遠くなるような学問である。

 欲を言えば、宇宙誕生の137億年前(138憶年前と書かれていることもある)から現在に至るまでの宇宙史、ビッグバン初期の状態、特に物質と反物質との関係、水素とヘリウムの発生、そして銀河の生成という宇宙史が欲しかった。
 また、全宇宙の80%以上を占めるダークマター(ダークエネルギー)についての解説が欲しかった。
 さらに無いものねだりで言えば、これからの宇宙の予測。太陽系の滅亡、銀河の滅亡、宇宙の滅亡を描いて欲しかった。(2438)
posted by 矢島正見 at 17:26| 我流雑筆

2020年02月13日

『ビッグ・クエスチョン』@/4

 スティーヴン・ホーキング『ビッグ・クエスチョン―〈人類の難問〉に答えよう』を読んだ。これは次男から借りた本である。以前、『ホーキング 宇宙を語る』を読んだことがある。
 「すごい」と思った記憶はあるが、それ以前も、その後も、宇宙に関しての書籍やらテレビ番組をかなり読んだり・観たりしているので、情報が重なり、内容の記憶があいまいである。ビッグバン、ブラックホール、多次元宇宙、ひも理論、等が解説されていたように思う。
 今回のこの本は、正直、『ホーキング 宇宙を語る』より劣るような気がする。それ以降、宇宙に関しての様々な本を読んだので、ショック度が緩和されたからなのかもしれないし、本書がやや俗的な人びとの関心に答える・応えるという方向性を示しているからなのかもしれない。
 前半は宇宙論、後半は「タイムトラベルは可能か」「宇宙に植民地を建設するべきなのか」といった、俗的な人々の関心への見解で構成されている。前半はかなり難解である。整理されて書かれているのではなく、学説史的に書かれているからである。(2437)
posted by 矢島正見 at 11:54| 我流雑筆

2020年02月07日

『縄文時代の歴史』A

 実に面白いので、今少し書く。

 ヒトが日本列島にやって来たのは、およそ4万年から3万8千年前とのこと。当時は最後の氷河期。海面は現在より100メートルほど低い。北は氷の海であり、北海道はサハリンや大陸と繋がっていた。(ただし、本州とは繋がっていない。津軽海峡の潮流が激しかったからだ。よって、北海道の縄文文化は本州のそれとはやや異なる。)また、瀬戸内海はなく、本州と四国と九州は繋がっていた。

 縄文の始まりは16,500年前。草創期は16,500〜11,500年頃まで。この間は旧石器時代と縄文時代との移行期(混在期)。移行期が5,000年ほどあることになる。なお、縄文時代は新石器時代であり、日本固有の名称である。(世界的に珍しい文化である。)

 当時の日本は寒冷期であり、針葉樹林におおわれていた。マンモス、ナウマンゾウ、オオツノジカという大型哺乳類が生存していた。(マンモスが日本にもいたのかと、疑問だが、書かれている。)

 温暖になってきたのは、11,500年頃で、草創期の終わり、早期の始まりである。東日本では落葉広葉樹林(ブナ、ナラ)が、西日本では照葉樹林が広がっていった。大型哺乳類は絶滅し(何故絶滅したのかは書かれていない)、イノシシやニホンジカが登場する。早期の縄文人の人口はおよそ2万人。(ということは、草創期では数百人から数千人か。その程度であろう。)

 縄文早期には、ヒトは犬と既にパートナーを組んでいた。猟犬である。しかし、弥生時代になると、ヒトと犬との関係は異なってしまう。犬は食料とされたのである。(水田に犬は不要というわけだろう。弥生人は犬を裏切ったわけだ。徳川五代将軍がその頃いなくてよかった。)

 温暖化は、約7,000〜5,900年前がピークであり、海水面は現在よりも2.5メートルほど高かった。その頃、東京湾は栃木県まで続いていた。また、利根川と霞ヶ浦はひとつになっての入り江であり、房総半島は本州から切り離され、ほぼ島となっていた。

 縄文時代の人口は中期(5,470〜4,420年前)が最も多く、26万人を越えていた。分布は東日本(中部・東海以東。ただし北海道は除く)に圧倒的に多く、推定人口22万7,200人、西日本(近畿以西)の推定人口は9,300人であった(ということは、北海道は2万5千か)。西日本は極めて少ない。弥生人が西から入り込んで来るのには実に都合が良かったということだ。

 およそ4,300年前頃に冷涼化し、東日本の縄文人の人口は激減した。(西日本ではいくらか増えている。)

 縄文文化から弥生文化への移行は地域によって全く異なる。北九州では3,000年前に既に弥生文化圏であり(弥生時代の始まり)、関東・中部では弥生時代中期中葉(紀元前200〜紀元0年)以降に弥生文化圏となり、東北地方以北では弥生文化はない(多分、古墳文化もないのではないだろうか)。東北地方以北では縄文以降は天皇支配の律令制国家に組み込まれる。

 北海道では、弥生時代ではなく続縄文時代と言う(のちのアイヌ文化であろう)。

 日本人のDNAの12%は縄文人。(少ないようだが、そもそも縄文人が晩期では10万人を割ってしまったくらいに少なくなってしまったのだから、それを考えると多い。)

 以上である。(2436)
posted by 矢島正見 at 12:13| 我流雑筆

2020年02月03日

『縄文時代の歴史』@

 『縄文時代の歴史』を読む。一般向けの書ではあるが、かなり高度な内容である。論述の構成も優れており、論考が体系化されている。また、細やかな文献提示がなされている。申し分なく、専門書・学術書である。
 縄文時代と縄文文化の多様性は複雑で理解しがたいが、旧石器時代からの5000年間の移行期(縄文時代草創期)から弥生時代との移行期期までの長い期間での時代・文化の推移がよくわかる。長く見積もれば、縄文時代は1万4千年続いたのである。
 さらに、寒冷期から温暖期にかけての気候変動と人々の暮らしの変容もわかる。寒冷で海面が100メートル下がれば、それなりの自然が出来、人はそれなりの生活をして、温暖で海面が100メートル上昇すれば、それなりの自然が出来、人はそれなりの生活をするものである。
 しかも、温暖化は徐々にやって来るものではない。50年という短期間に、温度が7〜8度も上昇することすらある。これには驚いた。
 現代社会・現代人よりも縄文社会・縄文人のほうが適応力は優れていたということのようである。今の時代、海面が100メートル上昇したら、世界中がパニックに陥る。1メートル上昇するという推定だけで、正義のイデオロギストやマスコミは叫び続けているのであるから。(2435)
posted by 矢島正見 at 21:47| 我流雑筆

2020年01月31日

ことぶきゆめ会議

 ひと月に一度、横浜ことぶきにて会合が開かれる。正式名は「寿地区地域福祉保健計画推進会議」であるが、通称「ことぶきゆめ会議」と称している。
 ことぶき地区にてボランティア活動をしている諸団体が一堂に会する場である。様々な団体からの活動や予定が報告される。
 ふた月に一度は昼食が出る。今回は1月ということで雑煮が出た。さらに善哉まで出た。残念なことに、若年・壮年・中年の方はよく食べるが、私のような老年・衰年の者は、とてもではないが多くは食べられない。

 いつも、その後、ことぶき健康福祉交流センターに立ち寄る。1階はたまり場的空間であり、テレビを観ている人、碁や将棋を打つ人、さらに図書室があるので、そこで読んだり借りたりする人、等でにぎわっている。私の場合は、将棋の局面を覗いたり(みなさん、なかなかの腕前である)、図書室(それなりに本がそろっている)で本を読んだりするが、大半は自前の本を片隅に座って読む。
 2階には、会議室やいくつかの団体の事務室があるが、そのひとつである「横浜市ことぶき協働スペース」に行く。ここには、ことぶきに関しての文献がそろっている。
 本日は、その中の(公財)寿町勤労者福祉協会篇『寿のまちとともに―設立40周年記念誌』と大倉直『命の旅人―野本三吉という生き方』(現代書館)を読んだ。さらりと読んだのだが、それでもそれなりの時間を費やした。
 野本さんとは40年近く前に知り合ったのだが、最後は沖縄大学の学長として終えている。大したものである。秀才のエリートで、実行力・指導力があり、純粋で反逆的で、官僚的な組織主義の大嫌いな方だった。(2434)
posted by 矢島正見 at 22:53| 我流雑筆

2020年01月27日

『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』A/2

 それはともかくとして、DNA研究が進み、この分野の新たな発見がなされ、定説が覆されるというのは、実に面白いことである。

 ネアンデルタール人とホモサピエンスは交配していたのである。つまりセックスしていたのだ。その多くは強姦かもしれない。
 黒人に交配はまったくみられない。最も交配が多いのは白人である。要するに、ホモサピエンスがアフリカ大陸を出てから、既にユーラシア大陸に定住していたネアンデルタール人との交配が始まったのである。

 ネアンデルタール人はホモサピエンスによって滅ぼされた。食糧豊富な地から駆逐され、あるいは殺され、あるいは餓死して、滅亡した。生存競争に敗れたのである。
 アジアに数十万年前からいた人類(たとえば、ジャワ原人や北京原人)もホモサピエンスによって滅ぼされたのかもしれない。
 ジャワ原人や北京原人が天敵によって絶滅したとは考えられない。病原体によっての絶滅も可能性は低いであろう。そうなると、急激な気候の変化かホモサピエンスしか、考えられないのである。(2433)
posted by 矢島正見 at 18:49| 我流雑筆

2020年01月24日

『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』@/2

 『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』を読む。このような類の本は大好きである。ロマンがある。「人間」だとか「男性・女性」など出て来ない。出てくるのは「人類」であり、「ヒト」であり、「オス・メス」である。それがいい。

 本書は、チンパンジーと人類が分かれてからの700万年の歴史、それをわかりやすく(素人の私でもわかるように)紐解いている。

 700万年の間に様々な人類が登場し、そして滅んでいく。絶滅していく。環境に適応できず滅びることもあれば、ある環境から追い出された故に、生き延びた人類もいる。
 そして、「ヒト(ホモサピエンス)」以外の人類は「ヒト」との生存競争に敗れて、滅んでいった。
 「ホモサピエンス」の繁殖は異常である。ホモサピエンスの登場により絶滅した動物は、知られているだけでも実に多い。

 ヒトは10万年も前から、動物を絶滅させるほどに、狡知を働かせて殺していたのである。
 アメリカ大陸に白人が侵入し、インディオを殺し、バッファローを絶滅寸前にまで激減させたが、それより数万年前に侵入したインディオの祖先は、さらに多くのアメリカ大陸にいた動物を絶滅させているのである。
 今頃になってくじらだけ御寵愛したところで、懺悔の値打ちも無かろう。

 大型雑食動物として他の動物の生存を脅かすことのない数は、せいぜいが750万頭(もしくは匹)である。ホモサピエンスはこれよりも1000倍以上多い(現在75億以上。近いうちに80億)。

 となると、真のヒューマニズムとは、ヒトの数を1000分の1に減らすという正義の行動であろう。少子高齢化大いに結構。日本の人口は12万人が適正。人類史での実に皮肉なパラドックスである。
 
 『天空の城ラピュタ』のように、高度な文明を捨てて新石器時代に戻ることこそが、これからのヒトの社会の在り方なのかもしれない。このことが、数百年をかけて平和裏に進めば実に結構なことである。
 全世界のヒトが子どもを一生に一人生めば、次の世代では40憶人、10世代頃に750万人となる。およそ300年後である。
 日本の人口が12万人とすると、縄文時代前期末・中期初である。

 しかし、そうならないのがヒトの歴史である。行き着く先まで行かない限り歴史は変わらないというのが、弁証法の歴史観である。
 そうなると、『ナウシカ』のように、一度ヒトが絶滅寸前になるほどの経験を味あわなければならないのかもしれない。ヒトの運命を掛けた史上最大の弁証法の展開である。(2432)
posted by 矢島正見 at 22:53| 我流雑筆

2020年01月20日

『反日種族主義―日韓危機の根源』

 『反日種族主義―日韓危機の根源』を読む。
韓国でベストセラーとなり、韓国民からの総批判を受けたという書の翻訳本であり、日本でもベストセラーとのこと。どんな本か、一読してみた。

 なかなか面白い本であるし、ここに書かれていることはほぼすべて正しいであろう。特殊領域正義イデオロギストがいかに危険な存在であるかがよくわかる書である。しかも、国家が長い間それを推進してきたとなるとなおさらである。

 北の場合は、独裁者は大問題であるが、南は政治家も研究者も教育者も人々も全て問題である、と言わざるを得ない。ある種の集団ヒステリー状態に陥っている。
 そして、そのような南と日本はよく似ている。日本でも、慰安婦問題のイデオロギストの研究者を祭り上げ、新聞は独善的正義イデオロギーで記事を書き、政治家は謝り、人びとはそれが当然のことと、つい十数年前までは思っていたのである。

 本書は既に書籍や論文にて公表されている事実を寄せ集めたものに過ぎない。それを体系化して整理したに過ぎない。よって、新たなる発見が展開されているわけではない。
 しかし、学術雑誌や学術書を読むような人はごくわずかのその領域の研究者である。しかも、本書の元になった論文等の執筆者は、韓国の学会では反主流派の少数派であるという。したがってほとんどの国民はこうした論文があることすら知らなかったであろう。
 本書の意義はそこにある。何も知らずに、本当のことだと思い込んでいる大衆への啓蒙書であり、警告の書である。それ故に、体系化して整理し、しかもわかりやすく読み易い一般書にしたのであろう。

 極端な正義、特に人々の正義の感情に訴える劇場型の正義は、右も左も危険である。昔も今も、実証主義・科学主義が学問の王道である。(2431)
posted by 矢島正見 at 12:37| 我流雑筆

2020年01月16日

『奥羽の二人』

 松本清張『奥羽の二人』を読む。10本の短編が収録されている。
 『五十四万石の嘘』とほぼ同時期に書かれているが、こちらの方がやや出来が良い。10本とも秀作である。清張の歴史小説を読むのであれば、その入門としてはこちらのほうをお勧めする。
 なお、奥羽の二人とは、伊達政宗と蒲生氏郷である。会津を取った正宗だが、秀吉に没収される。その会津に赴任してきたのが氏郷(42万石、のちに91万石)。若手の武将ナンバーワンと秀吉から折り紙付きの武将である。会津を取り戻そうとする政宗の策略、それに立ち向かう氏郷、この構図だけでも面白い。

 小説にはないが付け加えると、氏郷は若くして死んだ。世継がいなかったのでお家は宇都宮(12石)に移された。氏郷の死では家康に毒殺されたという説があるが、これはうそであろう。
 それほど家康は恐れていたということだ。会津に氏郷がいる限り、家康はうかつに動くことはできない。豊臣秀吉は伊達政宗への牽制と、事あれば家康を背後から突かせるということで氏郷に会津を任せたわけである。
 氏郷は近江派である。もし生きていたら、上杉とともに石田三成に組したのではないか。そうなると、伊達は総崩れと化し、家康は宇都宮から軍を引き上げたとしても、江戸を離れることは難しかったであろう。(2430)
posted by 矢島正見 at 14:06| 我流雑筆

2020年01月15日

『五十四万石の嘘』

 松本清張『五十四万石の嘘』を読む。8本の短編が収録されている。
 昭和26年から31年にかけて書かれたもので、松本清張の初期のさらに初めである。「西郷札」や「或る「小倉日記」伝」の頃の作品である。
 「五十四万石の嘘」は熊本加藤家二代目の物語である。いかにして加藤家がお取りつぶしになったのか、奇想天外な物語となっている。
 文中に「卯月」と出てくる。清張が旧暦を用いていたことがわかる。時代小説では、「卯月(四月)」と書いてくれると、また「寛永元年(1624)」と書いてくれると、さらに「二百五十石の知行取り」と書いてくれると、よくわかるのだが。
 おもしろいことを見つけた。最後に「うしろがき―「解説」に代えて」とある。「あとがき」というのがごく普通であろう。「跋」や「うしろがき」は珍しい。
 さらにおもしろかったのは、伝票が挟まれていたことだ。「啓文堂書店」「92/04/30」となっている。1992年に購入したらしい。おそらく1992年の春に読んだのだろう。(2429)
posted by 矢島正見 at 13:24| 我流雑筆

2020年01月13日

『武田三代』

 新田次郎『武田三代』を読む。武田信虎・信玄・勝頼の三代である。
 7本の短編により構成されている。どの短編も面白い。文章が切れる、読ませる。内容が淡々としていながら、ストーリー展開がリズムよく流れる。
 一度、十年以上前に読んだものだ。読んでいて思い出した。それでも読み進めた。
 しかし、これは歴史小説なのかと、疑問である。史実にない記述が多すぎる。骨格のみ史実といった類である。やはり、時代小説と思って読んだほうがよさそうである。(2428)

posted by 矢島正見 at 14:13| 我流雑筆

2020年01月10日

合掌

 1月7日、高校時代の恩師のM氏が亡くなられたというメールを受けた。78歳であった。
 1月8日、研究の大先輩であるM氏が亡くなられたというメールを受けた。78歳であった。
 偶然の一致ではあるが、何と言ったらよいのか。ただただ合掌である。(2427)
posted by 矢島正見 at 14:15| 我流雑筆

2020年01月08日

「超・人間学」

 月刊誌『サイゾー』に関しては既にこの「我流雑筆」にて採り上げたが、この中の「超・人間学」は実に面白い。科学の面白さがわかる。これを読むと、社会学は科学とは程遠いと思わざるを得ない。(2426)
posted by 矢島正見 at 18:42| 我流雑筆