2020年06月22日

続『悪人列伝 近代篇』〈E明治時代〉


 「高橋お伝」。これのどこが悪人なのかわからない。美女であり、妖艶な魅力たっぷりの女であり、淫乱な女であり、殺人者である、ということ以外取り立てて、論じるものはない。明治初期のマスコミが大衆受けに好んで書き立てたに過ぎない。マスコミが創った「毒婦言説」である。
 この程度の女なら、戦前でも戦後でも、いくらでもいたことであろう。ただ、チンコを切らなかっただけである。
 しかし、三角関係のもつれで、女が女を殺すときは、女性性器も乳房もぐしゃぐしゃに刺して、二つの乳房は切り取り、女性性器もえぐり取るのだから、チンコ切り以上である。まさに猟奇殺人である。

 「井上馨」を読むと、幕末とは、まさに贈収賄と公金横領と正義の理屈とテロが当然のごとく行なわれた時代と言い得る。民衆にとって幸せな時代では決してない。特に、長州藩は正義あふれた汚い連中のたまり場のような観がする。
 長州藩では、真面目な武士は殺され、追放され、滅びていき、追放し滅ぼした連中が明治維新の立役者になったということである。
 正義のためならば邪魔者は殺すという政治観であり、それは、5.15や2.26へと引き継がれていった革命・クーデターを引き起こす人間像である。長州精神が大東亜戦争まで引き継がれていったのである。
 大村益次郎以外はどうも好きになれない。

 これにて『悪人列伝』(全四巻)終了である。読んでみると、海音寺潮五郎には歴史社会学的な発想があったことがわかる。歴史上の人物を美化して描いていないところが実によい。(2494)
posted by 矢島正見 at 17:30| 我流雑筆