2020年06月09日

続『悪人列伝 中世篇』〈A鎌倉時代〉

 「梶原景時」も、鎌倉時代初期の権力闘争である。
 源頼朝の平家との権力闘争、源氏同士の木曽義仲との権力闘争、兄弟間の源義経との権力闘争。そして、その後の鎌倉幕府重臣たちの権力闘争である。ただし、公家のそれではないので、実に荒っぽい。権謀術策と武力行使の両方が展開される。
 その鎌倉幕府重臣間の権力闘争に敗れたのが梶原景時。汚い戦略を度々行えば、その場は成功するものの、いつしか嫌われるものである。特に、その後の史書・文紀にて、義経を追放させた張本人ということで、今のところ歴史上、この時代の大悪党になっている。梶原景時を殺して勝利した者も同様に悪党なのだが。

 「北条政子」はなかなかの才女であり政治家である。しかし、すさまじい嫉妬深さである。独占力の強い女であった。こんな女に惚れられた男は不幸である。頼朝も北条の娘でなかったら、寄り付かなかったことであろう。
 夫も息子も政治も自分の思うままに支配しなくてはいられなかった女である。そして、北条一族という権力を背景として、事実、支配した。

 「北条高時」は、鎌倉最後の哀れな男。怠け者で遊び好きの好人物。豊かな時代・平和な時代であるならば、面白おかしく生涯を閉じたことであろう。人間的には好かれたことであろう。
 しかし、鎌倉幕府は経済的基盤が崩壊直前、そうなれば利害関係で結ばれている幕府と御家人の関係は崩れ出す。封建体制の崩壊である。
 運が悪かったとしか言いようがない。決して悪人ではない。むしろ善人である。善人が権力を維持できない時代だったのである。
 時代は、善人が権力をもったほうが良い場合と、悪人が権力をもったほうが良い場合とに分かれる。チンギスハンもジュリアスシーザーもナポレオンも、どちらかと言えば悪人である。レーニン、スターリン、毛沢東、ポルポトは完全な悪人である。(2488)
posted by 矢島正見 at 22:54| 我流雑筆