2020年05月30日

『悪人列伝 古代篇』C/4(完)

 ようやく内容に入る。
 最初に登場するのが「蘇我入鹿」。まずは蘇我一族の系譜が出てくる。そして、大和朝廷を中心とした奈良盆地での、豪族間の対立・闘争が描かれ、最後に残った蘇我と物部との宗教対立・勢力対立である。
 世はまさに戦国時代であり、天皇も公家も当時は武士である。国家よりも人民よりも一族が大事。いや、一族の者といえども、自分に逆らう者は殺す。

 蘇我一族は、稲目―馬子―蝦夷と登場し、ようやく入鹿となる。その間の天皇一族での対立・抗争・殺戮はすさまじい。皇室の人たち同士の殺し合いである。性関係もすさまじいが、殺し合いはそれ以上にすごい。親子で性交するほうよりも親子で殺し合う方がよほどすさまじい。天皇を殺しても、皇太子・皇子を殺しても、他の皇族の者を天皇に・皇太子に立てれば良いだけのことである。

 聖徳太子が摂政のときはいくらか平穏な時代であったが、それは蘇我一族が他を圧倒して支配していたからである。しかし、聖徳太子の息子、山背大兄王(やましろのおおえのおう)を殺したのが災いと化した。中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)を中心としたクーデターである。
 NHKの大河ドラマにしたら、いったいどれほどの視聴率があるのか。ただし、絶対に放映されることはない。現在のタブーの一つである。

 次に登場するのが「弓削道鏡」であるが、主人公はむしろ考謙天皇(女帝)である。この女のすさまじさ。最初の愛人・藤原仲麻呂との関係、そして道鏡との関係。愛欲たっぷりの女帝である。
 山芋の男根を入れて、オナってたらその山芋が途中で折れて出なくなり、腐り出し、小手尼(当時の産婦人科医師)が手を入れて取ろうとした瞬間に藤原百川に手を切り落とされてしまうこと、そして結果として考謙天皇を殺してしまうこと、藤原氏のすさまじい権力巻き返し闘争である。
 考謙天皇は悪女というよりは、性欲旺盛な愛欲に飢えた可愛い権力者といったほうが妥当である。道鏡とて精力絶倫のただの男である。その二人が権力闘争の中に生きてしまったことが悲劇である。

 「藤原薬子」もすごい。男を言いなりにさせる熟女の魅力である。よほど色っぽかったのであろう。
 三男二女の母であり、長女は既に御所の高級女官(つまりは天皇や皇太子の愛人)になっている。その娘を退けて、二十代そこそこの皇太子(のちの平城天皇)を虜にさせ、邪魔な夫は大宰府に追放して、と同時に中納言にまで手を出してたぶらかし、天皇を通じて、やりたい放題の政治を行うという、まさに日本の楊貴妃である。

 これらに比べると「伴大納言」は小者の悪人である。「平将門」や「藤原純友」は、豪傑であり、革命児である。『悪人列伝』ではなく『武将列伝』のほうに入れて当然の人物である。
 平将門と藤原純友は同時代の人物である。京の都で一度くらいはあっていることと思える。しかし、同盟することは決してなかった。海音寺潮五郎は、この二人がもし同盟を組んでいたならば、反乱は成功したはずである、と述べている。これを読むと、私もそんな気になる。

 なお、海音寺潮五郎は、この後に『天皇列伝』を書く予定でいたという。これが書かれていたら、実にすごかったろうに…と、残念である。(2484)
posted by 矢島正見 at 15:13| 我流雑筆