2020年01月24日

『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』@/2

 『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』を読む。このような類の本は大好きである。ロマンがある。「人間」だとか「男性・女性」など出て来ない。出てくるのは「人類」であり、「ヒト」であり、「オス・メス」である。それがいい。

 本書は、チンパンジーと人類が分かれてからの700万年の歴史、それをわかりやすく(素人の私でもわかるように)紐解いている。

 700万年の間に様々な人類が登場し、そして滅んでいく。絶滅していく。環境に適応できず滅びることもあれば、ある環境から追い出された故に、生き延びた人類もいる。
 そして、「ヒト(ホモサピエンス)」以外の人類は「ヒト」との生存競争に敗れて、滅んでいった。
 「ホモサピエンス」の繁殖は異常である。ホモサピエンスの登場により絶滅した動物は、知られているだけでも実に多い。

 ヒトは10万年も前から、動物を絶滅させるほどに、狡知を働かせて殺していたのである。
 アメリカ大陸に白人が侵入し、インディオを殺し、バッファローを絶滅寸前にまで激減させたが、それより数万年前に侵入したインディオの祖先は、さらに多くのアメリカ大陸にいた動物を絶滅させているのである。
 今頃になってくじらだけ御寵愛したところで、懺悔の値打ちも無かろう。

 大型雑食動物として他の動物の生存を脅かすことのない数は、せいぜいが750万頭(もしくは匹)である。ホモサピエンスはこれよりも1000倍以上多い(現在75億以上。近いうちに80億)。

 となると、真のヒューマニズムとは、ヒトの数を1000分の1に減らすという正義の行動であろう。少子高齢化大いに結構。日本の人口は12万人が適正。人類史での実に皮肉なパラドックスである。
 
 『天空の城ラピュタ』のように、高度な文明を捨てて新石器時代に戻ることこそが、これからのヒトの社会の在り方なのかもしれない。このことが、数百年をかけて平和裏に進めば実に結構なことである。
 全世界のヒトが子どもを一生に一人生めば、次の世代では40憶人、10世代頃に750万人となる。およそ300年後である。
 日本の人口が12万人とすると、縄文時代前期末・中期初である。

 しかし、そうならないのがヒトの歴史である。行き着く先まで行かない限り歴史は変わらないというのが、弁証法の歴史観である。
 そうなると、『ナウシカ』のように、一度ヒトが絶滅寸前になるほどの経験を味あわなければならないのかもしれない。ヒトの運命を掛けた史上最大の弁証法の展開である。(2432)
posted by 矢島正見 at 22:53| 我流雑筆