2019年10月11日

『出世長屋』

 白石一郎『出世長屋―十時半睡事件張』(第五弾)を読む。
 今回の舞台は福岡ではなく、江戸である。江戸福岡藩邸の総目付として登場する。福岡ではネタが尽きたので、舞台を江戸に代えたということのようだ。
 いささか驚いたのは、十時半睡を剣の達人に換えたことだ。これはやりすぎだ。躰がなまり、素振りでもする程度なら良いのだが、また、若い頃はそれなりの腕前だったというだけのことならいざ知らず、道場の師範代までも負かしてしまうというのでは、逆に減なりする。半睡のイメージが損なわれる。これは失敗である。

 今回で、時代がわかった。「寛永のむかし?」「少なくとも百五十年前ということになる」と、出てくるからである。寛永元年は1624年、寛永20年は1643年であり、三代将軍家光の時代である。「少なくとも」とあるので寛永も終わりの頃から150年と考えたほうがよい。とすると、1790年頃というところである。この時代は寛政年間であり、第11代将軍家斉の時代である。松平定信の寛政の改革以降の時代である。
 ところが、最後の解説を読んだら、同じことが解説されていた。もちろん、もっと詳しく。それによると、やはり私の推理は当たっていた。

 しかし、この小説、季節はよく出てくるのであるが、時代はあまり出て来ない。政治背景は黒田藩だけで、江戸幕府の動向は書かれいない。文化も、外食しないことや遊女・芸子と戯れることがないし、庶民の長屋の人たちが出て来ないので、よくわからない。その点、藤沢周平や池波正太郎とはやはり違う。
 ただし、武家のしきたり(規定)や藩の決まり事(慣例)や行政の仕組み等は実に詳しい。ここも藤沢周平や池波正太郎とは違う。(2396)
posted by 矢島正見 at 12:32| 我流雑筆