2019年08月19日

『朱夏』D/5(完)

 しかし、一日二杯の高粱粥だけの生活、ボロボロの服一枚だけでの一年以上の生活、風呂に全く入らない一年以上の生活、狭い空間に数家族が共同しての息苦しい生活(一人に対して畳一畳の空間すらない)、虱・ダニ・蚤に悩まされての生活、自分の・要の・美耶の死ぬのではないかと思うほどの病気、栄養失調になり躰中皮膚病に侵されていながらも生きている美耶、これらの記述は実にすごい。
 そしてさらに圧倒されるのは、要・綾子・美耶の家族以外の人たちの生き様の記述のすごさである。満州に残された人々が皆同じでなかったことが実によくわかる。敗戦後も贅沢に暮らしている人、内地に帰りたくない・帰れない人たちの存在、殺されて・栄養失調で死んでいく人たち、みなすごい。生きるためには、どんなことでもする、どんな汚いことでもする、そうしなくては生きていけない事実に直面した人たちの生き様、すべてが詳細に明確に描かれている。
 一年半ほどの期間の物語ではあるが、戦中・戦後を中国大陸で生きた人びとを描いた物語としては最高傑作の一つではないかと思える。今一つ取り上げるとしたら『人間の条件』であろうが、それ以上の傑作である。
 『櫂』『春燈』と苦労して読んできた甲斐が、ここでようやく報われた。(2378)
posted by 矢島正見 at 12:58| 我流雑筆