2019年08月17日

『朱夏』C/5

 着いてから、後悔する。しかし、帰ろうとはしない。夫だけ単身赴任すればよいものを、綾子は赤子と共に満州の地で生活する。帰ろうという意識すら湧いてこないのである。父への甘えた生活から夫にすがっての生活への変容である。
 満州の地で綾子は19歳となり、20歳となる。最初の頃の綾子は、水が住民にとって限りなく貴重であるにもかかわらず、一人風呂を沸かして入る。ごく、当たり前のこととして。多くの人の反感に遭うなどと考えることもない。思い浮かべることさえないのである。
 こうした綾子に次々に難題が降りかかる。そして、ソビエト軍の侵入であり、中国人の暴動であり、日本の敗戦であり、逃避行である。ようやく、綾子はまともになっていく。当時としてはしっかりした部類に入る20歳の女性・妻・母親になっていく。
 それにしても、夫の要は出来過ぎである。それ故に最後の最後まで、要がいないと自分も子(美耶)も生きていけない、という認識から抜け出せない。また、内地に帰れば金のある親がいる、という意識にすがりつく。内地に帰れば、何もかもうまくいく、という考えである。内地が・土佐がどうなっているのかは考えない。希望にすがりつくというのはこうしたことと、納得する。
 しかし、そんな綾子も、栄養失調で、がりがりに痩せ、全身皮膚病で、まもなく2歳だというのに一言も話さない美耶のことだけは、気がかりでいる。
 私も、内地に帰ってからの美耶の成長を知りたいところである。岩伍が生きているかも知りたいところである。昭和20年から23年頃までの続編が欲しいところである。(2377)
posted by 矢島正見 at 13:24| 我流雑筆