2019年08月11日

『朱夏』A/5

 しかし、『櫂』も『春燈』もスケールが小さい。家業が下賤の芸妓・娼妓紹介業という時代的問題性は設定されてはいるものの、また戦前の学校の体質が描かれてはいるものの、時代を真っ向から捉えていない。しかもいささか、ご都合主義的な問題設定である。
 ところが、この『朱夏』では、見事に時代が描かれている。満州開拓団の生活の一部始終が、また時代の流れの中でほんろうされる開拓団の人たちの生き様が、実に見事に描かれている。
 特定の正義イデオロギーに偏ることなく、また悲喜劇を強調してのお涙頂戴主義でもなく、最初から最後まで、綾子の目を通しながらの描写でありつつも綾子の視点に思い入れることなく、作者・宮尾登美子の時代視点を保持している。『坂の上の雲』の司馬遼太郎に匹敵する。(2375)
posted by 矢島正見 at 12:54| 我流雑筆