2019年07月05日

『幕末史』

 半藤一利『幕末史』を読む。本書は、12回にわたっての慶應丸の内シティキャンパスでの特別講座に基づいて書かれたものである。したがって、会話体の文章となっている。それゆえに、さらに読みやすい。
 私は彼のファンである。実にわかりやすく、小気味よい。右でも左でもなく、平和主義イデオロギストでもなく、個人の悲しみや怒りを極大化し心情的共感に訴える執筆家でもない。また、無味乾燥な重箱の隅をなめまわすような現在の歴史研究者でもない。

 彼は、日清から日露戦争、その後の軍国主義、日中戦争を書き、敗戦に至るまでの歴史を、さらに昭和史を書き、そして今度は、歴史をさかのぼり、『幕末史』を書いた。
 彼の歴史観はやや司馬遼太郎のそれに類似しているが、異なる。幕末―維新を必ずしも肯定していない。それどころか、戦前までの近代日本史を「薩長史観」として捉える。さらに、幕末から日清・日露戦争を経て、太平洋戦争までを連続した・一貫した一つの歴史として描く。
 言い換えれば、軍国主義・帝国主義・覇権主義・侵略主義として歩んだ日本近代史の最初のスタートは幕末にある、太平洋戦争を起こしたのは薩長の末裔・後裔である、という史観であり、私もそれに同感する。
 彼の一文で、その一断面を言い当てることが出来ると思う。以下、引用する。

 「明治22年に憲法ができたとき、すでに統帥権は独立していましたから、軍隊に関する憲法の条項はたったの2条しかありません。よろしいですか、国の基本骨格のできる前に、日本は軍事優先国家の道を選択していたのですよ。」なお、それを策した中心人物は山縣有朋であるという。

 「西軍(薩長土肥等の軍、後に官軍と呼ばれる)の戦死者は残らず靖国神社に祀られて尊崇され、東軍(会津藩、桑名藩、長岡藩、等)の戦死者はいまもって(平成24年現在)逆賊扱いでひとりとして祀られることはない。靖国問題が騒がれたとき、そのことの不条理を一所懸命に訴えたが、だれにも気にもとめてもらえなかった。歴史は公正でなければならないのに、いまだに薩長史観が世にまかり通っているのは残念でならない。」(NHKの大河ドラマの幕末はまさに薩長史観である。)(2364)
posted by 矢島正見 at 15:21| 我流雑筆