2019年04月05日

「令和」

 「万葉集にある歌の序文「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」(書き下し文)から二文字をとった」とのこと。
 万葉集からとったというのは実に良いことだ。日本の元号に中国の漢籍を用いる必要は全くない。今まで何故、中国の古典にこだわって来たのか、そのこと自体理解しがたい。奈良・平安時代はともかくのこと、鎌倉時代では当然日本の古典から選ぶべきことを、そうしなかったことこそが不思議だ。時の権力者ではなく天皇が定めていたということ自体が、つまらぬ元号作成の元凶と思わなくてはならない。織田信長が本能寺で死んでいなかったならば、天皇に代わって自らが元号を制定したのではないだろうか。
 元に戻ると、日本の古典中の古典の「万葉集」から選定したとは、出来過ぎである。これが、「古事記」だとか「日本書紀」となると、減なりするが、万葉集はいい。日本の歌の中の歌であり、日本文の原点である。

 ただ、「令」というのが、なんとも気になる。法令・命令・政令と、浮かんでくる。もっと、いい歌がいっぱいあるはずなのに、これを提示した人の感性も、選定した人の感性も、疑問符が付いてしまう。
 なお、「令月」という言葉は日本語大辞典にはなかったが、古語辞典には出ていた。「万事をなすのによい月。めでたい月」という意味だという。そうであるならば、まったく問題ない。「令和」の時代では、1月から12まで、すべてがめでたい月なのであろう。
 しかし、いつ頃のことだろうか、今の「法令・命令・政令」のような「いいつけ、おきて、のり。しむ、せしむ、させる」といった意味に転移していったのは。

 わたしがこの歌から採るなら、「風和」「和香」とするのだが、「風和」の「風」は頼りなく、つかみどころがないのでダメなのだろうか。風のようにそよぐ社会・文化のほうが、今のようながんじがらめの正義もどきの理屈よりよほど良いと思うのだが。
 また、「和香」は「倭寇」と重なるから他国からクレームが来るというのだろうか。しかし、「倭寇」の大半は、その他国人であったということなのだが、過剰反応ヒステリーな他国人と日本人がわめき散らすからダメなのだろうか。(2340)
posted by 矢島正見 at 00:16| 我流雑筆