2019年02月21日

『若い詩人の肖像』C/4(完)

 第二に、登場する人物が全く異なる。『放浪記』には、無名の人間ばかり出てくる。自称詩人は出てくるが、まったくの無名である。林フミコ自身詩を書いてはいるが、これもほぼ無名である。
 伊藤整は既に小樽時代に『雪明かりの路』を自費出版しており、東京でも詩人仲間ではそれなりに名前が売れている。そして、『若い詩人の肖像』に登場してくる人物が『放浪記』とは決定的に異なる。若き日の小林多喜二、北川冬彦、梶井基次郎、三好達治、等である。
 さらに伊藤整は小樽では最高のエリート学校である小樽高等商業学校を成績優秀で卒業し、小樽の中学校の教員をし、その教員を辞めてまで東京商科大学(今の一橋大学)の学生となる。飢える不安などまったくない。
 フミコは5円・10円の金が欲しくてたまらない。50円あったらなんて幸せなんだろうと夢見る。伊藤整は教員時代120円の給料を得ている。
 共通なのは、二人とも詩人になりたいという野望を抱いて、青春を過ごしたということである。そしてさらに、二人とも詩人ではなく、作家になったということである。ただし、伊藤整は東京工業大学教授、日本学術員会員、等の栄誉を獲得している。
 なお、小説中に出てくる伊藤整の詩は、私にとってはつまらなかった。ただ、気取っているだけである。文中「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む」という三好達治の詩を、伊藤整は梶井基次郎と共に絶賛している。そして「私は三好達治の中に本質的な詩人がいるように感じた」と書いている。ここは私もよくわかる。(2325)
posted by 矢島正見 at 12:25| 我流雑筆