2018年09月15日

『青少年の性行動』

 『青少年の性行動―わが国の中学生・高校生・大学生に関する第8回調査報告―』が送られてきた。この調査はすごい調査である。時系列調査のすごさを遺憾なく発揮している。しっかりとした組織がない限りこうした調査はできない。日本性教育協会に敬服する。さらに一般財団法人日本児童教育振興財団に敬服する。
 今回の調査結果がまた面白い。青少年の性に対しての保守化(純愛化)がさらに進んでいる。草食系は男子だけでなく、女子にも及んでいる。若い者はすべて性に対して消極的であり、潔癖性を増している。
 ただし、前回調査ほどの激しい変化はない。前回の画期的な性行動の逆転作用が、今回はなだらかにさらに継続しているといったところである。
 この傾向は次の調査でもおそらく続くように思われる。若い者は皆、性に対して潔癖になり、隠しごとになり、下半身よりも上半身に関心が集中し、清らかなメルヘンを抱きだしている。
 1960年代から20世紀までは女性の男性化であり、スケベありきの性欲ありきの性愛であったが、21世紀からは男性の女性化が進行しているようである。
 それは最近の流行歌の歌詞でもよくわかる。今流行りの歌の歌詞は感情を甘く訴えるだけの内容だったり、青春励まし合いだったりである。「あなたが望むなら私何をされてもいいわ」だとか「やめて、本気でないなら」だとか「ベッドで煙草を吸わないで」なんて歌詞はない。
 何だか、戦前に帰ったような純情ソングである。そのうち、「純情」だとか「純潔」「清純」なんて言葉が流行るのではないだろうか。
 「愛」は「清らかなもの」でなくてはなのないものという意識が十代・二十代の人たちで強まってきているように思える。「汚れた愛」「醜い愛」「偽りの恋」「一夜だけの恋」「躰だけの関係」などは、流行遅れである。
 もちろん悲しみも、「清らかな悲しみ」でなくてはならない。「汚れちまった悲しみ」などは嫌悪され、軽蔑されるだけである。(2268)
posted by 矢島正見 at 22:52| 我流雑筆