2018年06月06日

混乱@

 この歳になると、記憶喪失だけでなく、記憶の混乱が起こってくる。西郷隆盛の島流しは、小さな孤島で、そこで島の娘と結婚したという記憶は、いくつかのことが一つになっていた。
 西郷は、最初奄美大島に送らりている。その時は実に豪勢であり、島の客人として優遇されている。だからこそ、島の長の娘と結婚できたわけである。島津藩も、幕府への服従として送ったのであって、罪人扱いにはしていない。禄をもらっていた(最初6石、次に12石)。名前を変えたのも西郷家の家名を汚さないためであろうか、幕府への配慮のためであろう。
 その後、鹿児島に帰ったのだが、今度は藩主の逆鱗にふれる。そして送られたのが、徳之島であり、さらに刑が軽いということで沖永良部島に流された。今回は流罪人としての島流しである。
 徳之島に流されたところでは、西郷はまだまだ余裕があった感じがする。奄美大島の妻子を呼んでいる。ところが、沖永良部島に流されたのちは、ほぼ罪人扱いであり、ここで初めて西郷は苦渋を知ったのではないだろうか。私が脚本家だったら、このように描く。
 奄美大島から鹿児島に帰って、井伊直弼が死んだということで、調子づいたのであろう。
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posted by 矢島正見 at 22:57| 我流雑筆