2018年02月16日

オリンピックの国家主義@

 オリンピックはいつから国家主催となったのだろうか。少なくともタテマエとしては、都市が主催のはずだ。それが、既に当初から国家主義の要素が入っていたようだ。
 第1回がアテネオリンピック。「アテネ」という都市名での開催である。以後、開催には都市名が付けられる。
 ネット検索では、実に小規模の開催であったが、それでもアテネという都市だけの財政で開催されたのだろうか疑問である。財政規模の小さい都市(日本ならば、都道府県)で開催経費が第1回から賄えなかったのであるならば、既に第1回から都市名開催、費用国家支援ということになる。
 「当時は国家単位ではなく個人名義による自由出場だった」と書かれている。その点では、国家の口出しは薄かったと言える。しかし、既にメダル獲得は国家単位の表で出ているし、14ヵ国・241人の選手が出場したというが、その費用はおそらく出場選手の国家が支出したのであろう。
 となれば、やはり、第1回から既に、国家無くしてオリンピックは成立しなかったということだ。その初めから実質的には国家オリンピックだったわけだ。(2180)
posted by 矢島正見 at 11:35| 我流雑筆