2016年07月24日

金子常規『兵器と戦術の日本史』「第二章」A

 日本に人が渡って来たのは3万〜5万年ほど前のことだったという。
 縄文時代が始まったのは1万数百年程前とのこと。そして1万年程の間、戦争らしき戦争はなかったという。広くて豊かな環境の日本では、戦争をする必然性はない。島国であり、外部からの侵入者がいないことも幸いした。よって、人を殺す武器・武具もない。もちろん軍隊もない。
 これは世界史上実に希なことだという。
 しかし、外部からの侵入によって、その平和も崩壊する。大陸から、半島から好戦的な人々が入り込んできたのだ。
 半島から来た人たちは列島でも戦いに明け暮れていたが、日本海側では能登半島を挟んで東側、太平洋側では富士箱根を挟んで東側、中央部は飛騨山脈を挟んで東側は、未だ平和な時代を過ごしていた。
 おかしくなったのは、律令制が整備され、国家が確立されてからのことだ。半島支配政策から列島東部支配政策へと歴史が大きく方向転換される。覇権主義人間は、数百年たっても覇権という生物的文化的遺伝子が残っていたのであろう。
 平和な時代は、平和な人たちだけなら成立するが、そうでない人たちが一定数以上入り込んで来た場合は、たちどころに壊滅されるのが数千年の歴史の教訓である。(1970)
posted by 矢島正見 at 14:31| 我流雑筆