2016年07月10日

金子常規『兵器と戦術の日本史』「第一章」F

 当時、奈良には三輪大神連合群が形成されており、卑弥呼国家連合群との激しい戦いを繰り広げていたが、卑弥呼の死後、大国主命出雲連合国家と連合を組んだ三輪大神連合群が圧勝するに至る。また、岡山兵庫にも一大連合群が形成されていたが、これも瀬戸内を支配する卑弥呼連合国家群との激しい戦いを繰り広げていたと推測する。
 これら三輪大神連合群と大国主命出雲連合国家が、さらに岡山兵庫連合群と大国主命出雲連合国家が協定を結び三連合の巨大な大国主命出雲連合国家が形成され、それに敗れたアマテラスソウミノカミ⇒卑弥呼系列の連合国家は広島以西にまで退くことになってしまう。
 もちろん、九州南部・四国南部・紀伊半島南部には海洋民族の狗奴国の末裔が未だ勢力を保っている。(1964)
posted by 矢島正見 at 17:38| 我流雑筆