2015年06月28日

「『日本海軍の興亡』からの近代日本戦争史雑考」そのH

 ところが明治5年以降、陸軍省・海軍省ができるに及んで、陸軍が国軍の中心になっていった、という。ちなみに、明治6年に、徴兵令が布告されている。
 陸軍中心の国軍編成である。これもよくわかる。廃藩置県・武士階級の解体という大革命を断行したからだ。徳川幕府を倒した革命軍である藩兵を解散しただけでなく、彼らの身分を剥奪し、全員解雇としたわけだ。反乱分子の出現は必然。国内の秩序崩壊の危機である。
 こうして、国内反乱分子平定の、つまり国内秩序維持軍が最優先されていった次第である。政治的にこれは正しい選択であったと言わざるを得ない。(1790)
posted by 矢島正見 at 13:07| 我流雑筆