2015年06月20日

「『日本海軍の興亡』からの近代日本戦争史雑考」そのC

 ところが、三代将軍からおかしくなった。これは島原の乱が起因してのことではあるが、その慌てぶりは、もはや戦国武将のものではなく、官僚政治家たちの慌てぶりであった。
 体制維持・秩序維持を最大の課題としての国家体制の構築。三代将軍以降の政治はこの方向を明確に示した。〈島国主義政策〉の完成である。
 事件の反省が政治の方向を変えてしまったのである。(1785)
posted by 矢島正見 at 10:31| 我流雑筆