2015年06月18日

「『日本海軍の興亡』からの近代日本戦争史雑考」そのB

 徳川初代・二代将軍までは、致し方ないことであった。
 スペインやポルトガルの貪欲にして残酷な帝国主義・侵略主義からの国家防衛策であったし、また、外様大名たちの〈海洋藩化〉阻止、つまり諸藩の海外進出・外国貿易への警戒ということでも納得いく。
 大海に乗り出す造船技術と航海術を持っていたにもかかわらず、禁止令によって、造船技術も航海術も失われていってしまうのである。
 しかしそれでも、初代・第二代までは、交易の価値を十分承知しており、害を排除しつつ益を得るという姿勢を保持していた。(1784)
posted by 矢島正見 at 23:09| 我流雑筆