2014年03月16日

前回の失われた20年

 日本の近代史を暇に任せて、たまに読んでいるのであるが、わからないことがある。
 幕末・維新の歴史書で、アヘン戦争からの幕府や藩の政策がきちんと書かれているのに出会わない。ペリーが浦賀に来るころからは書かれているのだが、その前がほとんど欠如している。
 蒸気船四艘が来るよりも、隣国が理不尽な戦争で欧米に敗れたことのほうがよほど深刻なはずなのに、江戸時代の人々にとっては、目の前に現れたものの方が深刻だったようだ。これは想像力の欠如である。
 近いうちに、欧米列国が日本に押し寄せ、無理難題を吹きかけ、拒否すれば武力で従がわせる、という事態到来は目に見えていた。
 こうした事態を深刻に受け止め、国際戦争の世来たると認識し、大改革しなくてはならないはずの幕府が実にちんたらしていた。何も決められずにいた。海岸警備強化策など、小手先の対応にすらならない。
 これは教条主義・慣例主義・形式官僚主義のキツネ政治以外のなにものでもない。まさに失われた20年であった。井伊直弼が出てきたときは、時すでに遅しである。(1572)
posted by 矢島正見 at 23:53| 我流雑筆