2012年12月21日

続・言葉の不思議 (25)続々・表現

 文章の最後のシメこそ、誰でもが悩むことであろう。これによって、文の良し悪しがほぼ決まってしまう。一般に書き方として「です・ます」調と「である」調がある。当然、どちらにするかで、書き方は変化し、それだけでなく、文章全体の雰囲気が変わる。
 大概、「である」調の文体だが、「である」ばかりだと、実に固っ苦しく、読みづらい。そこで、様々に工夫するのだが、うまくいかない。「である」「だ」「となる」さらに体言止め、等々と苦労する。
 かと言って、「と言える」「と思える(と思う)」という表現では「である」といささか異なってしまう。
 ついでに、文章の最後のシメの表現を、<確信あり>から<確信なし>まで順に表してみると、「である」「言える(言い得る)」「(物)語っている」「推定(推察、推測)し得る」「思う(思える)」「考えられる」「言えよう」「考えられよう」「ということではないか」「ということではないだろうか」「かも知れない」「ありえないことではない(あってもおかしくない)」「思いたい」となる。
 最も曖昧な文章……「このように考えられるかもしれないと言えないこともない」。「このように推察し得るのではないかと思いたいものである」「このような人がいるかもしれないと推定することはありえないことではない」。(1403)
posted by 矢島正見 at 11:59| 我流雑筆