2011年09月01日

3月11日・その6

その時(地震時)、妻は御茶ノ水、長男は浜松町、娘は横浜にいた。妻と長男は一日中歩いて、夜中も歩いて、妻は川崎の知人の家に泊まり、長男は翌日に帰宅。
 娘は横浜だったが、保育園の栄養士なので、現場を離れることが出来ない。その娘が我が家に帰ってきたのは、夜中の11時半。若くかわいい女性(職場の同僚とのこと)とともに帰ってきた。
 その夜は、八畳の畳の部屋で、若い女性と娘と虎徹と私の四人で寝た。
 翌日の午前中に、妻が帰ってきた。
 成田エキスプレスはまだ停まったままだった。「でんちゃ、とまってるねー。おかちいねー」と虎徹はさらに不思議がる。そして、このことはかなり長い間覚えていた。(1189)
posted by 矢島正見 at 11:28| 我流雑筆