2006年09月17日

徒然自分史(28)生まれる前B

 おやじの実家は、もともとは埼玉の在。それなりの田畑を持った百姓であったとか。5町歩の地主だったという。
明治末、長男が丁半ばくちで身を崩し、全ての田畑をばくちで取られ、どうしようもなく、長男を捨てて、両親は次男坊と共に開拓農民として千葉の富里に逃げるように移って行った、と言う。その次男坊がおやじの父親の宇平次である。
これはどうも本当の話のようだ。今でも長男の子孫は埼玉にいる。
なお、当時、銀座にも土地を持っていたという。さてさて、これは本当か否か。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆