2005年10月07日

財・青少年問題研究会C

 6月の理事会をもって常務理事をおろさせていただく、という申し入れが平間氏からあった。
と同時に、平間夫人も6月いっぱいで辞め、船山さんは2ヶ月遅れの8月末をもって辞める、ということになってしまった。
70歳を過ぎた平間氏は経営していた印刷会社を他の人に譲り、3人とも故郷で未だ母親健在の地、仙台に帰ることになったのだ。
無給で経営全般を担当していた平間氏の代わりなどいない。正規に雇ったら年間300万払わなくてはならない。平間夫人、船山さんの代わりも探さなくてはならない。しかし、仕事は複雑。そう見つかるわけではない。もちろん、高い給料は払えない。
人材的にも財政的にも窮地に立たされてしまった。しかも、曽我さんも辞めると言い出した。内閣府は月刊誌をいっこうに買い入れてくれない。それどころか、総見直しをするという。これでとうとう解散か、という事態に陥ってしまった。
解決は人材の確保と財政の確保である。もし、その2つが出来ないようなら、解散である。
で、6月からスポンサー探しに奔走した。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆