2003年06月25日

研究する人生(3)

 「2ちゃんねる」にしろ「研究する人生」にしろ、レベルに差はあるとしても、結局、昔ならば、喫茶店や居酒屋などで、数人の仲間とやり合った放談・おしゃべりである。
放談やおしゃべりであるなら、その時・その場限りであるが、インターネットでの書き込みはそうはいかない。
この差は無限に大きい。ところが、書き込みをしている人達は、そこのところを本当に分かっているのか、かなり疑問である。
「匿名」という心地よさに酔いしれているように思えてならない。いや、麻痺しているように思えてならない。
氏名、所属明記であるならば、絶対に書かないようなことだらけである。
匿名という利点だけ大いに利用し、匿名という問題性は無視といった風潮が怖い。利点だけが先行し、それが当たり前のこと、自明のことと思っているところが怖い。
「研究する人生」で書き込む人の大半は、研究者の卵か若手研究者であろう。これからの学問を背負って立つ者達である。学問的には優秀な人達なのであろうが、どこかに精神的な麻痺が進行していると言わざるを得ない。
その点、自己のホームページを開設し、そこで自らの見解を展開している研究者(もちろん研究者だけではないが)は立派である。
石田仁君という、私の下で研究している若手の研究者がホームページで、かなり卑猥なこと(ということは、私以上ということ)を述べていたが、彼のほうが、「研究する人生」で、匿名という自己保身と無責任性をまといながら、言いたいことを言っている連中よりも、よほどまともである、と言いたい。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆