2002年08月12日

マリリンモンロー大研究

 武蔵野女子大学教授(東京学芸大学名誉教授)の松本良夫大先生。教育社会学会、犯罪社会学会の重鎮であり、少年非行研究の大家である。
この先生、何故か十数年前に、突然、マリリンモンローに狂いだした。以来、表では少年非行を研究し、裏では、マリリンモンローのコレクター・研究者として、日夜ウハウハしていたのである。
その成果が、この度『マリリンモンロー大研究』(文芸社、1400+税)としてまとめられた。めでたいことである。心から「おめでとう」と言いたい。
モンローファンは60代後半から70代前半の人に多いのではないだろうか。私よりもひと回りほど上の世代である。
私がモンローを初めて知ったのは、ニュース映画。野球選手と結婚して日本に来た、というニュースである。松本先生の本によると、私がまだ5歳の時である。しかしよく覚えているし、「モンローウォーク」という腰振り歩きを真似したものである。しかし、ただそれだけのこと。
次に私がモンローに関心を示したのは中学生時代。当時兄貴が『スクリーン』という映画雑誌をよく買っていた。その雑誌でたびたびお会いした。モンローのスカートめくれ写真(「七年目の浮気」)やヌード写真を見たのも、このころである。
感想は、いまいち。「ややおっぱいがたれているな」と思った。当時の私としては、ブリジット・バルドーのほうがよかった。
その頃の国際的人気女優といえば、イングリッド・バーグマン、グレース・ケリー、エリザベス・テーラー、ソフィア・ローレン、オードリー・ヘップバーン、マリリン・モンロー、ブリジット・バルドー、といったところであろう。この中で中学生の私が一番、いわゆる「やりたい」と思ったのは、バルドーだったのである。
ただし、この頃は東映チャンバラ映画ファンからようやく外国映画ファンに換わりつつあった時期で、これらの女優の映画はほとんど見ていない。もっぱら西部劇(例えば「シェーン」「騎兵隊」)と大スペクタクル映画(例えば「ベンハー」「ナバロンの要塞」)であった。
その後、モンローの映画は何本か見た。面白かったのが、「七年目の浮気」「お熱いのがお好き」そして「帰らざる河」。さらに「帰らざる河」では、モンローの歌う歌もよかった。
映画は面白かったが、やはり「やりたい」女ではない。私好みではいまいちないのだ。なお、このあたりのことは『忠犬パパは眠れない』(宝島新書)を読んでいただきたい。
今年の8月5日は、モンローが無くなってから40年目とのこと。生きていたらモンローも76歳である。そして生きていたら、松本先生の本も出なかったのではないだろうか。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆