2002年07月20日

スポーツについて(15)サッカーA

 サッカーはまだまだ続く。
で、今回は私がサッカーの中で最も「不合理」「不整合」と思え、これがある度に、常に違和感を覚えること。言い換えれば、サッカーで一番矛盾を感じるところの話である。
違反行為とそれに対しての罰は、釣り合いが保たれていなくてはならない。これは行為と罰の根本原則である。よく言われるところの「目には目を」である。
犯罪にあっては、殺人にはそれに見合った罰が与えられる。強姦、放火、強盗、傷害、窃盗、等、全て、それ相当の罰が与えられる。この罰は厳しすぎても軽すぎてもいけない。
さて、遠回しに、もったいぶって述べてきたが、問題とするところはPKである。
相手ゴールの領域内(これを専門用語で何と言うのか忘れた)でのファールは、罰としてPKが科せられる。守る方は大打撃、責める方はご馳走様、である。
領域の外であるならば、それがたとえ10p外側であっても、ファールのあった場所からのキックで、しかも相手選手は全員で壁を作ったりと、防御し得る。よってゴール率はきわめて低い。
しかし、それがたとえ10p内側であっても、ゴール正面の、近場のところから蹴ることとなり、しかも守るのはゴールキーパーだけとなる。そしてほぼ80%の確立でゴールとなる。
この差はあまりにも激しすぎる。殺人罪は死刑、傷害致死罪は懲役1年・執行猶予3年という以上の開きである。「ご馳走様」以外の何ものでもない。
相手の領域内でのファールがもしなかったとしたら、当然80%程の確率でゴールし得ていた、というのであるならば、この罰は整合的である。何ら問題ない。しかし、そんなことはない。ゴールの確率はもっとずっと低い。
よって、ファールの行為とそれに対しての罰があまりにも不均衡なのである。江戸時代10両盗むと死罪とされたが、それ以上の不均衡である。強盗で死刑、万引きで10年の刑、といった感じである。
そこで、PKとなると、たとえ応援している方のチームが得たとしても、違和感を覚える。素直に喜べない。
ところが、サッカー慣れしている人は、これを当たり前のことと思っているらしい。慣れが矛盾に対して鈍感にさせてしまっているようなのだ。
これを整合的にするには、どのようにルールを変えたらよいのか。簡単である。
ゴールの確率を5分5分になるようなところでPKをすればよいのである。私の推定では、ゴール正面にあるあの半円の内側がよい。その内側であるならば、蹴る側の自由な場所にボールを置ける。あとは同じ。ゴールキーパーとの1対1。
これでよいのだが、しかし、こうなるとPKかくごのきわめて悪質な確信犯が出てくる可能性があるだろう。後ろからタックルしたり、殴りかかったり、キンタマを蹴り上げたり、と今まででは考えられないような行為が、勝つために公然と行われるかもしれない。
よって、ゴール領域内でのレッドカードに相当する違反行為に関しては、今まで通りのPKであってもよい。要するに、2通りのPKルールとなるのである。
いかがであろうか。これはJリーグ始まってからずっーと考えている私の案である。もしこうなれば、PKも、恨み激減・違和感激減で、楽しく見られるのであるが。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆