2002年03月21日

清く正しく美しく

 ある福祉作業所の3人の女性のモットーは「清く正しく美しく」だという。そして、私も病後は、清く正しく美しくをモットーに生きていくようにすすめられた。
しかし、考えてみると、これは大変難しいことである。
「清く」など、無理である。私の何処に清らかさがあるのだろうか。汚いだけの存在、汚物そのものの存在のような人間である。中原中也の詩に「汚れちまった悲しみは」というのがあるが、私の場合、悲しみどころか、喜怒哀楽の全てが汚れちまっている。
「正しく」、これも大変だ。心も正しくないし、姿勢も正しくない。ただし、「正見」と、名前は正しい。
「美しく」、これは最悪。もし美しかったら今の人生はない。基本的に、怠け者のドンファンである。にもかかわらず、美しくなかったので、怠け者にもドンファンにもならなかった(なれなかった)。
美しかったら、今頃は、スケコマシの末路の人生を送っていたであろう。なにしろ、大学生時代、将来の就職は、銀座の一流クラブのママのヒモになりたかったのだから。
さて、上記3人の女性。「清く」は全員合格、「正しく」も全員合格、「美しく」も、心なら全員合格、しかし、躰となると・・・なんて思わなくもない。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆