2002年03月12日

闘病記(11)

 本日は下品に「大便」と「屁」のこと。
胃を切った人の悩みは、一度に多くの食事がとれず、ちびりちびりと何度も食事をしなくてはならないことだという。
大腸を切った人の悩みは、一度にドバーッと便を出すことができず、ちびりちびりと便をすることだという。まさに実感。
まだ個室にいて、フォーレ(尿道カテーテル)がとれず、おしめをしていた頃、夜中に必ずと言ってよいほど、便が出た。とっさのことで我慢できない。フォーレが邪魔で動きがとれない。しかも、術後は、便は我慢しないで、出したほうがよい。さもないと腸閉塞になるおそれがある。
で、申し訳ないがおしめの中で脱糞ということになる。そして、宿直の看護婦さんを呼ぶ。
看護婦の中には当然、20代、30代の独身者もいる。そんな女性に50代の男の糞まみれの尻を拭かせる。「申し訳ない。今度貴方が脱糞したときは、私が拭いてあげるからね」と、思わず言いたくなる。
この拭き方で、看護婦の善し悪しが分かる。コールしてもなかなか来ない看護婦、そしてあわよくば、看護援助の人にやってもらおうと思う看護婦、ぞんざいにやる看護婦が何人かいる。こういうのはダメ。
すぐにとんできて、テキパキと、丁寧にしてくれるのがよい看護婦。恥じらいながら、歓喜の表情で・・・なんて看護婦がいたら最高なのだが、いるわけない。
フォーレがとれて、ようやく自由の身になり、自らトイレに行けるようになると、今度の悩みは、トイレ回数の多さだ。便の回数も多いのだが、屁が問題となる。
屁がよく出る。ところが、腹の具合が悪いときは、屁なのか便なのかよく分からないことがある。「屁のみ」と「便混じりの屁」との区別。これが問題だ。疑わしきはトイレへ、ということになる。よって、その分トイレ回数も多くなる。
ようやくこのコントロールに慣れたのは、ごく最近のことである。
私の場合、以前から便の回数は多かった。日に3回から5回程していた。便秘の人は週に1回から2回という。私には考えられないことである。週に21回食事をして、出すのが1回としたら、その1回分というのは、バケツ1杯分くらい出るのであろうか。そんなに一度に出したら、水洗で流れずに、あふれ出てくるのではないだろうか。つまらぬことを心配したりする。
で、術後は、5回から10回ほどトイレに行く。やや大変だが、週に1〜2回よりは、自分としては、よほどよいと思っている。もしそうなら、腸閉塞のおそれが出てくるからだ。
posted by 矢島正見 at 00:00| 我流雑筆