2019年12月15日

読書感想ばかりですがB

 これからも、いわゆる「読書感想」が続くことと思う。それでいいと思っている。専門外からの読書感想である。文芸評論家の発想ではない読書感想である。好き嫌いの偏った読書感想である。
 その読書感想は、もちろん小説・詩歌に限定されない。人文学、社会科学、自然科学のすべてである。どのような書籍・雑誌でも取り上げる。いや、映画も歌(唄)も取り上げる。

 認知症と診断されたならば、初期の段階で、政治評論を書くことにしよう。「認知症患者の書いた政治評論」である。筒井康隆をはるかに超えた超カオス・ナンセンス随筆になること請け合いである。あと10年後である(生きていて認知症になっていれば)。(2416)
posted by 矢島正見 at 00:31| 我流雑筆

2019年12月12日

読書感想ばかりですがA

 「学術的なことや政治的なことは書かないのですか」と言われる。それは今まで極力抑えてきたことである。書けないのではなく、書かないのだ。私は本来、まともな社会学は嫌いである。そして政治的にはアナーキーであり(右も左も嫌い)、思想的にはニヒリズム(日本的な静かなニヒリズム)である。
 そんな私が、本音を出して書いたのならば、若い頃のビートたけしよりも過激になることであろう。だから今まで書かないことにしていた。もし、書くとしたら、ツイッターなどで、匿名に隠れて書くかもしれない。

 たとえば夫婦別姓問題。
 「生まれた子どもが18歳になったなら、父や母とはまったく別の性を名乗る権利を与えよ」。「父の姓は「山田」、母の姓は「伊藤」、子どもの姓は「毘沙門天」」といった感じ。
 ついでに、名前も変えてよい。「毘沙門天五郎左衛門義孝」なんて名前がキラキラネームの次に流行ったら面白い。ちなみに、私は「知名健太郎定信」という方を存じている。ペンネームでも芸名でもない。立派な方である。(2415)
posted by 矢島正見 at 22:46| 我流雑筆

2019年12月08日

読書感想ばかりですが@

 「最近の我流雑筆は読書感想ばかりですね」と言われてしまった。それはそれで的を射ている。
 「読書感想」と言われればそれまでだが、私としては、文芸評論家では書けない(書かない)「書評」と思いたい。ただ単にストーリーを追っているだけでないことは、お分かりいただけることと思う。
 物語から脱線して、文芸とは関係ないところに、つまり、歴史・文化・社会等に展開を引き延ばしている。私にとっては、それが楽しみなのだが、読む人にとっては、つまらないということであろう。(元の小説を知らなければ面白くないであろう。)

 長い間、今までいろいろなことを書いてきたが、それをまとめて、「第1章 文芸・小説の個人評」「第2章 歴史書の個人評」「第3章 自然科学書の個人評」といったふうにまとめたら、面白いまとまりになるのではないだろうか。(2414)
posted by 矢島正見 at 14:05| 我流雑筆

2019年12月06日

『軍事の日本史―鎌倉・南北朝・戦国時代のリアル』

 『軍事の日本史―鎌倉・南北朝・戦国時代のリアル』を読む。
 この類の本も好きなのであるが、いささかがっかり。「鎌倉・南北朝・戦国時代」を一括して論述したのは面白い試みなのだが、論述に整理が出来てないし、体系化もされていない。突然に別なことに話が進む、それゆえか、結局何度も同じことを述べる、しかも、言い訳がましく。
 もっと、すっきりと書けるだけのキャリヤがある方だし、こうした類の書も多く書いているのだが(読んだことはないが)。
 私なら、「領地とイエ」「経済力と兵力(富国強兵)」「政治と軍事」「戦術と戦略」「兵站」「技術革新」「カリスマと組織」といった章立てで論じていくのだが。(2413)
posted by 矢島正見 at 12:10| 我流雑筆

2019年12月01日

OBOG会

 久しぶりに、2期生・3期生が集まった。13人でワイワイと騒ぎながら飲んだ。楽しいひと時を過ごさせていただいた。そして、記念ファイルブックまでいただいた。(2412)
posted by 矢島正見 at 18:26| 我流雑筆