2019年11月09日

『墨東綺譚』B/5

 まだ、内容に入っていない。しかし、内容は私としては面白くなかった。
 解説にて「昭和文学屈指の名作」と評しているが、「どこが」と思ってしまう。ただ、「耽美派作家」「抒情小説」というのにはうなずけるし、樋口一葉の『たけくらべ』に匹敵すると述べていることにも納得する。言われてみれば、その通りであり、ともにはっきりしない、感性で書かれた作品である。一葉の『たけくらべ』がつまらなかったのとほぼ同じ感想で『墨東綺譚』もつまらなかった。
 あれだけ女と寝て、女の尻の穴まで知り尽くしたにもかかわらず、この表現は何だ、と言いたくなる。宮尾登美子の『朱夏』のような体験をしたら、永井荷風はどのような小説が書けるのだろうか。おそらく、書く前に満州の地で死んでいたことであろう、と思う。

 「ラディオ」の音が嫌い、「蓄音機」の音も嫌いと、人工的な音を嫌い、墨東の私娼宅にて、むらがる蚊の音に安らぎを覚える。無数に襲いかかる蚊をいくらか追い払っているようだが、そうしたことは気にしない、蚊に刺されて痒いということもないようだ。荷風ならば、『朱夏』では、高粱畑に沈む夕日を美しく描くことであろう。しかし、八畳の間に十人が住み着く様子は無視することであろう。
 解説に「現実性を欠くとの評もあった」と書かれているが、まさにその通りであり、しかも「欠く」というレベルではない。「現実」に対しての認知そのものが普通と違っているのである。(2406)
posted by 矢島正見 at 14:39| 我流雑筆