2019年06月19日

『変身』B/3(完)

 私としては、筒井康隆、星新一、小松左京等の日本のSF小説のほうがよほど傑作だと思う。「変身もの」であるならば、小松左京の『日本アパッチ族』のほうが傑作である。
 彼らもその背景にきちんとした思想を持っている。ただ、その思想を背後に隠しているのだ。それが小説というものであろう。思想が前面に出て来ては、もはや小説ではない。プロレタリア文学が陳腐であったのはそのためである。

 ある特定の地域の特定の時代(具体的には、西欧の19世紀後半から20世紀前半)が生み出した「純文学」というものが廃れるわけである。「純文学こそ文学」と思っていた明治・大正・昭和前半の日本青年の姿は、今の日本の青年にはないし、なくてよい。(2360)
posted by 矢島正見 at 23:00| 我流雑筆