2019年05月02日

日本芸術文化史概略メモ―唐木順三A

 和歌では「山里」はよく出てくる。しかし「浜辺」はあまり見かけない。
「川」は出てくが、「池」や「沼」や「湖」は見かけない。「秋」と「春」はよく出てくるが、「冬」と「夏」は少ない。「農民」も「漁民」も「山の民」も見かけない。もちろん盗賊・海賊の歌も合戦・内乱(殺し合い)の歌もない。
 これにて、どのような階層のどのような文化であったかが、よくわかる。「万葉集」で「読み人知らず」なんてのが出てくる。それは、貴族(公家)や僧侶ではないようだが、流浪の民や貧民層ではないであろう。おそらく地方の豪族の子弟や関係者であろう。大宰府まで主人に付き従うことが出来るほどの位置にいる者である。
 防人の句はあっても新羅・百済の句はない。既に半島とは断絶していたことで理解できる。それは日本語と朝鮮語の断絶であり、文化・芸術の断絶であり、万葉集・万葉かなの成立である。
 出羽・奥羽の句はあるのだろうか。「出羽」の真冬の豪雪の歌があったら面白い。
「雪荒(ゆきすさ)び 躰が荒び 死が荒ぶ これがまことの 荒びというもの」と書いた歌詠み人がいたとしたら、その後が知りたい。
 また、「雪荒(ゆきすさ)び 躰が荒び 死が荒ぶ 雅(みやび)も数寄(すき)も 全て凍えて」と、凍死した歌詠み人の書き残した和歌があったらすごい。(2346)
posted by 矢島正見 at 18:03| 我流雑筆