2019年05月29日

『司法犯罪心理学』

 岡本吉生編『司法犯罪心理学』を読む。
 『公認心理師の基礎と実践』(シリーズ全23巻)の19巻にあたる。公認心理師とは、2017年9月に施行された国家資格認定の心理師である。「心理士」ではなく「心理師」である。心理学は、今や巨大な学問と化し、専門職を多出させている。大したものである。
 内容はまさに国家資格試験のためのテキストである。執筆者は、日本犯罪心理学会のメンバーと日本更生保護学会のメンバー15名の豪華執筆陣である。(2355)
posted by 矢島正見 at 23:42| 我流雑筆

2019年05月27日

LINE

 「囲む会」参加者のメルアド名簿一覧を作成しようと、実行委員から送られてきた当日の名簿の訂正・補充を行なった。メールの送信不能のメルアドがあまりにも多く、同期生に尋ねたり等々と、随分と時間がかかった。
 6日間かけて行なったのだが、途中夕食後酔った頭で作業をしたもので、混乱し、間違いメール等々、問い合わせた参加者の皆さんの中の何人かには迷惑をかけてしまった。
 その中で分かったことは、今の人たちはメールではなくLINEが主流になっている、ということである。メールがPCからケータイへと移行し、今では、スマホのLINEに移行している、という次第である(なお、聞くところによると、そのラインも廃れ始めかけているということらしい)。
 《手紙⇒電信・電報⇒電話⇒携帯電話⇒PCメール⇒ケータイメール⇒スマホメール⇒スマホライン》と、時空間伝達手段は変化してきたということである。
 未だにPCメール中心の私は、時代遅れの人間ということのようだ。(2354)
posted by 矢島正見 at 00:07| 我流雑筆

2019年05月25日

超多忙

 2月の中旬頃から忙しくなった。その忙しさが3月、4月、5月と既に100日以上続いている。
 まだまだ続くはずである。この分では、「老後をゆっくりと…」というのは、2−3年後のことになりそうである。(2353)
posted by 矢島正見 at 22:01| 我流雑筆

2019年05月24日

第6回不安感調査報告書

 『犯罪に対する不安感等に関する調査研究―第6回調査報告書―』を読む。
 これはまさに犯罪学の調査報告書である。この調査の素晴らしいところは、何と言っても6回も続いている、ということである。それ故に経年比較分析ができるということである。
 私は第2回から参加し、第3回から第5回まで代表を務め、若手に譲ったところである。したがって、私にとってもなつかしい調査研究である。(2352)
posted by 矢島正見 at 14:21| 我流雑筆

2019年05月23日

『監視カメラと閉鎖する共同体』


 『監視カメラと閉鎖する共同体―敵対性と排除の社会学―』を読む。社会学の書と犯罪学の書がいかに異なるか、この本でよくわかる。完全に社会学の書である。したがって、社会学として評価する場合と犯罪学として評価する場合では大きく異なる。
 監視カメラに関して論考されてはいても、監視カメラは考察に際しての素材であり、問題提起は閉鎖する共同体であり、敵対性と排除の社会・時代の考察である。(2351)
posted by 矢島正見 at 12:30| 我流雑筆

2019年05月18日

愚劣房三遍―唐木順三C

 ついでに、愚劣房三遍の狂歌を載せておく。

「現世に 衣食住あり 女あり さすれば老いも 楽しかりけり」
「月よりも 花よりもなお わが心 酒よ酒酒 酒酒酒よ」
「冬の夜は 寒さこらえて 発したる 布団の中の 屁の臭さかな」
「美しく スリムでボインで 八頭身 こんな女の どこがいいのか」
「ネエちゃんは もんぺ姿が よく似合う どこか漂う 肥しの匂い」
「くだらない ことを求めて 老いてゆく くだるこの世の むなしかりけば」
「色欲を 有常とすれども 得ざれずば 妄想のみにて 生きるむなしさ」
「色欲を 無常とすれば わずらわず 妄想もなく 生きるむなしさ」
「老境に 至りて未だ 論を書く この執念は いずこから来る」
「自分史を 書いてみて驚いた 32までで 400枚」
「熱を出し 薬を飲んだら 眠くなり 午後はうたた寝 これもまたよし」
「小便が 出ればあそこは いいんです と言うた人の 今はいずこか」
「巨砲を 撃つこともなく 沈みゆく 戦艦大和 我も同じく」
「星もなく すさびもなくて はでやかな 日本の街の 秋の夕暮れ」
「雅数寄(みやびすき) 風狂風流 すさびさび 無常に漂い 粋に溺れる」

さすがに愚劣房三遍である。(2350)
posted by 矢島正見 at 13:25| 我流雑筆

2019年05月13日

ご報告

 2019年5月11日(土)かながわサイエンスパークにて、「矢島先生を囲む会」が盛大に行われました。第T部の講義には、90名近い方が参加しました。そして、第U部の懇親会にも70名以上の方が参加し、大いに盛り上がりました。
 久しぶりにお会いしましたが、そして中には20年以上お会いすることがなかった方もいましたが、それでも顔は覚えておりました(すみません、名前は忘れてしまっていましたが)。まだまだ、ボケていないと確信いたしました。

 次回は、喜寿(77歳)に行うことになりましたが、各卒業年度のゼミ卒OBOG生の個別懇親会(ウハウハ会)は、随時自由勝手に行うということになりました。中心になる人がいる年度の開催は大いに盛り上がることと思います。
 今回都合が悪く参加することが出来なかった方、連絡が届かなかった方等々、個別の集まりにどうかご参加ください。大いに期待しております。

 ということで、「我流雑筆」での「矢島先生を囲む会」のお知らせは、会終了後には削除する予定でしたが、記録として残すことにして、通し番号を付して、残しておくことにしました。
 今朝から、開催時に写した写真のメールが、続々と届いてきております。有難いことです。私のメルアドがわからない場合には、「一般財団法人 青少年問題研究会」にお問い合わせください。もしくは、法人に写真をお送りください。

 ご参加してくださった皆様、改めて御礼申し上げます。これからもお付き合いのほど、どうかよろしくお願い申し上げます。(2349)
posted by 矢島正見 at 02:57| 我流雑筆

2019年05月08日

矢島先生を囲む会 プログラム

矢島先生を囲む会 プログラム

日 時  2019年5月11日(土) 13時受付開始
会 場  かながわサイエンスパーク(神奈川県川崎市高津区坂戸3-2-1)
      第1部 7階709会議室 ※708会議室から変更しました
 第2部 3階KSPギャラリー(西棟)

◎受付は13時から開始します(709会議室)
 会費 講 義: 3,000円(資料代込)
懇親会: 7,000円 ※お子様(ドリンク料金1,000円。未就学児無料)
※講義のみまたは懇親会のみ参加の方は、お釣りのないようにご用意ください。
当日は約70〜80人の参加が見込まれます。ご協力くださいますようお願い致します。
懇親会のみ参加の方は、懇親会会場において受付を致します。

開会の挨拶
第1部:最終講義
13時30分〜14時30分
前半の部:専門研究編「犯罪社会学の裏街道をゆく―逸脱した逸脱の社会学」
14時40分〜15時40分
後半の部:自分史編「なぜ私は非行に走らなかったのか―幼少期の自分史」
第2部:懇親会(3階KSPギャラリー)
16時00分〜18時00分

※5月8日16時にて、第1部・第2部ともに、申し込みを締め切らせていただきました。
※懇親会終了後の2次会につきましては、同ホテル内に会場を用意しております。
事前予約は不要です。

かながわサイエンスパーク  http://www.ksp.or.jp/access/
東急田園都市線・大井町線 溝の口駅/JR南武線 武蔵溝ノ口駅 徒歩約15分
または溝の口駅北口バスターミナル9番乗り場から、KSP行き無料シャトルバスにて約5分(2348)
posted by 矢島正見 at 16:05| 我流雑筆

2019年05月06日

智眞房一遍―唐木順三B

 智眞房一遍(一遍上人)の和歌を掲載しておく。私の好きな歌である。(ただし、読みやすく五七五七七で区切って表記する)
「こころより こころをえんと こころえて 心にまよふ こころなりけり」
「心をば こころの怨と こころえて 心なきを こころとはせよ」
「身をすつる すつる心を すてつれば おもひなき世に すみ染めの袖」
「さけばさき ちればおのれと 散る花の ことわりにこそ 身はなりにけり」
「花は色 月は光と ながむれば こころはものを おもはざりけり」
「はねばはね 踊らばをどれ 春駒の のりの道をば しる人ぞしる」
「となふれば 佛もわれも なかりけり 南無阿弥陀佛の 聲ばかりして」
「すてやらで こころと世をば 嘆きけり 野にも山にも すまれける身を」
「よにふれば やがて消えゆく 淡雪の 身にしられたる 春の雪かな」
「津の國の なにはの浦を いでしより よしあしもなき 里にこそすめ」
「いまははや 見えず見もせず 色はいろ いろなるいろぞ 色はいろなる」(2347)
posted by 矢島正見 at 12:07| 我流雑筆

2019年05月02日

日本芸術文化史概略メモ―唐木順三A

 和歌では「山里」はよく出てくる。しかし「浜辺」はあまり見かけない。
「川」は出てくが、「池」や「沼」や「湖」は見かけない。「秋」と「春」はよく出てくるが、「冬」と「夏」は少ない。「農民」も「漁民」も「山の民」も見かけない。もちろん盗賊・海賊の歌も合戦・内乱(殺し合い)の歌もない。
 これにて、どのような階層のどのような文化であったかが、よくわかる。「万葉集」で「読み人知らず」なんてのが出てくる。それは、貴族(公家)や僧侶ではないようだが、流浪の民や貧民層ではないであろう。おそらく地方の豪族の子弟や関係者であろう。大宰府まで主人に付き従うことが出来るほどの位置にいる者である。
 防人の句はあっても新羅・百済の句はない。既に半島とは断絶していたことで理解できる。それは日本語と朝鮮語の断絶であり、文化・芸術の断絶であり、万葉集・万葉かなの成立である。
 出羽・奥羽の句はあるのだろうか。「出羽」の真冬の豪雪の歌があったら面白い。
「雪荒(ゆきすさ)び 躰が荒び 死が荒ぶ これがまことの 荒びというもの」と書いた歌詠み人がいたとしたら、その後が知りたい。
 また、「雪荒(ゆきすさ)び 躰が荒び 死が荒ぶ 雅(みやび)も数寄(すき)も 全て凍えて」と、凍死した歌詠み人の書き残した和歌があったらすごい。(2346)
posted by 矢島正見 at 18:03| 我流雑筆