2019年04月01日

『千利休』

 唐木順三『千利休』を読む。
 唐木順三は利休の茶道を「わび(侘)」の文化として捉える。そして、「さび」は無を根底にしているのに対して、「わび」は有と有との対立を根底にしている、と捉える。それは、豪華絢爛な支配者の文化に対しての対抗文化である。反権力文化ではあるが、権力があってこその文化であり、また、反権力という権力をもった文化である、と言う。
 封建体制が未だ確立されていない激動の時代での、堺商人の資質・武士に屈することを良しとしない意志から由来する利休と武士の頂点に上り詰めた秀吉との戦いである。政治支配で敗れ、屈服したものの(堺の商人自治都市の崩壊)、茶という文化では、優れている、屈服しないという観念からの対抗・抵抗である。唐木順三はその代表として利休を位置付けている。
 歴史学者ではない、まさに国文学者であり文芸評論家である唐木順三だからこその文化論である。
 なお、唐木は、江戸時代に入り、再度「すさび」を復活させた文人として芭蕉を位置付けている。
 しかし、私見としては、時代は既に「憂世」から「浮世」に入り、井原西鶴等の町人文化(上方・江戸大衆文化)へと時代変容が始まっていた時代の違いを見なくてはならない。殺されることもなく、とりあえず生きていけるそうした時代に生きた芭蕉の「すさび」と、鎌倉・室町の荒くれどもの殺し合いの中に生きた西行、一遍、長明、兼好の「すさび」とはやはり異なる。(2339)
posted by 矢島正見 at 00:33| 我流雑筆