2019年04月29日

日本芸術文化史概略メモ―唐木順三@

(随分と以前に書いたもので、未掲載であるものを掲載します。「囲む会」のお知らせは、今後も随時掲載します。)

 少しばかし、唐木順三に熱中してしまった。しばらくは、唐木順三から離れることにする。そこで、まとめというわけではないが、メモを書いてみた。

「みやび(雅)」…平安王朝文化…芸術地上主義・絢爛豪華・優雅。典型:藤原定家。
「すき(数寄)」…平安末期・鎌倉文化…風流・枯れた美・籠もりの生。典型:鴨長明。
「すさび(荒び)」…鎌倉末期・室町南北朝文化…無常・漂流・捨ての生。典型:一遍、西行。兼好法師。
「さび(寂)」…室町後期・戦国・江戸初期文化…創造的無、すさびの芸術化。典型:世阿弥、芭蕉。
「わび(侘)」…戦国後期・江戸初期文化…反雅。反権力。対抗文化。巨大対狭小・派手対地味・豊富対欠乏・豪奢対謙虚。典型:豊臣秀吉対千利休、狩野永徳対長谷川等伯。
「いき(粋)」…江戸文化…町人俗文化・町人文化の雅(みやび)化。「憂世」から「浮世」。浮世絵、遊郭。
 私としては、「すき(数寄)」と「いき(粋)」の人生を好む。「みやび」は堅っ苦しいし、身分と金が必要。そんな世界はご免被る。「すさび」は引き付けられるが、野垂れ死にの覚悟がいる。生活に困らない優雅なすさび、ならばよいのだが。「わび」は芸術的野心家の反体制的気取りだ。いかにも「芸術家」といった過剰自意識が気に食わない。(2345)
posted by 矢島正見 at 22:19| 我流雑筆

2019年04月18日

「矢島正見先生を囲む会」ご案内 第2弾

「矢島正見先生を囲む会」ご案内 第2弾

服装は普段着でお越しください。もちろん、「目立ちたい」という方は別ですが。コスプレでもなんでも結構です。

第1弾のお知らせでは、締め切りは既に過ぎてしまっていますが、24日まで、締め切りは延長されました。
 なお、それ以降でも、歓迎します。

大学の講義同様に、遅刻・早退は自由です。遅刻の場合も早退の場合も、私を見て二コリと笑いながら、ご入場・ご退場お願いします。

開催直前まで、この「我流雑筆」(また「伝助」)にて、ご連絡いたしますので、これからはしばらくの間、チェックを入れてください。(2344)
posted by 矢島正見 at 12:18| 我流雑筆

2019年04月12日

「矢島正見先生を囲む会」のご案内

「矢島正見先生を囲む会」のご案内

矢島ゼミ卒業生のみなさまへ

長年にわたって中央大学で教鞭をとられた矢島正見先生が、昨年ご退職されました。
つきましては先生の最終講義と、先生の学恩に対して感謝申し上げる場を持ちたいと有志よりご相談させていただいたところ、先生からご快諾をいただき、このたび「囲む会」を開催する運びとなりました。
詳細は、以下の通りです。万障お繰り合わせの上、ぜひご参加ください。

<日時> 2019年5月11日(土)13時20分開始〜18時
<会場> かながわサイエンスパーク 7階708会議室
     http://www.ksp.or.jp/access/
     東急田園都市線・大井町線 溝の口駅/JR南武線 武蔵溝ノ口駅 徒歩約15分
     または溝の口駅北口バスターミナル9番乗り場から、KSP行き無料シャトルバスにて約5分
<会費> 講義: 3,000円(資料代込)
     懇親会:7,000円
   *お子様連れも歓迎(ドリンク料金1,000円程度のみ。未就学児無料)
<申込> 一般財団法人青少年問題研究会 info@seishonen.net
      *会場予約の関係上、4月14日(日)までにお願いいたします。
<当日のプログラム>
  13時00分  受付開始(7階708会議室)
  13時20分 開会の挨拶
 第1部:最終講義
  13時30分〜14時30分
   前半の部:専門研究編「犯罪社会学の裏街道をゆく――逸脱した逸脱の社会学」
  14時40分〜15時40分
   後半の部:自分史編「何故私は非行に走らなかったか」
 第2部:懇親会(会場は施設内で調整中)
  16時00分〜18時00分

*駅からのシャトルバスは00分、20分、40分の発車です。時刻表をご確認ください。
*会場には宿泊施設も併設されています(残り部屋数が少ないです。必要な方は各自手配ください)
*駐車場もあります(1台当たり1,000円)。

「矢島正見先生を囲む会」有志一同(2343)
posted by 矢島正見 at 22:32| 我流雑筆

『観音妖女』

 白石一郎の『観音妖女―十時半睡事件張』を読んだ。
 昨年『包丁ざむらい―十時半睡事件張』を読んだ。『我流雑筆(2287)』にて記してある。その十時半睡事件張シリーズの第二弾である。
 「第一話」から「第八話」までの8本の短編小説が掲載されている。この小説はのんびりと読むことが出来る。唐木順三の困難な本を読んだ後なので、なおさらそのように思える。第一弾はたしか長塚節の『土』を読んだあとで、やはり和んだ記憶がある。(2342)
posted by 矢島正見 at 09:47| 我流雑筆

2019年04月09日

再度怪我

 また転んでしまった。今度は酔っていない、しらふの時である。
 孫とプールに行く途中。プールのある建物の手前で強風に煽られ、帽子が飛ばされないようにしたその瞬間、マンホールのほんの僅かな、数ミリほどの段差につまずき、転び、両膝を怪我してしまった。
 スイミング受付横のトイレに入り、傷を確かめたら、両膝共に擦りむけて出血していた。ティッシュで血をぬぐい、一方はハンカチで縛り、一方はティッシュをあてがい、応急処置をして、ズボンをはき、ズボンの上からマフラーで縛り、その場を済ませた。
 それからは、孫が逆に私をかばい、気遣い、じじい扱いされてしまった。(2341)
posted by 矢島正見 at 23:50| 我流雑筆

2019年04月05日

「令和」

 「万葉集にある歌の序文「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす」(書き下し文)から二文字をとった」とのこと。
 万葉集からとったというのは実に良いことだ。日本の元号に中国の漢籍を用いる必要は全くない。今まで何故、中国の古典にこだわって来たのか、そのこと自体理解しがたい。奈良・平安時代はともかくのこと、鎌倉時代では当然日本の古典から選ぶべきことを、そうしなかったことこそが不思議だ。時の権力者ではなく天皇が定めていたということ自体が、つまらぬ元号作成の元凶と思わなくてはならない。織田信長が本能寺で死んでいなかったならば、天皇に代わって自らが元号を制定したのではないだろうか。
 元に戻ると、日本の古典中の古典の「万葉集」から選定したとは、出来過ぎである。これが、「古事記」だとか「日本書紀」となると、減なりするが、万葉集はいい。日本の歌の中の歌であり、日本文の原点である。

 ただ、「令」というのが、なんとも気になる。法令・命令・政令と、浮かんでくる。もっと、いい歌がいっぱいあるはずなのに、これを提示した人の感性も、選定した人の感性も、疑問符が付いてしまう。
 なお、「令月」という言葉は日本語大辞典にはなかったが、古語辞典には出ていた。「万事をなすのによい月。めでたい月」という意味だという。そうであるならば、まったく問題ない。「令和」の時代では、1月から12まで、すべてがめでたい月なのであろう。
 しかし、いつ頃のことだろうか、今の「法令・命令・政令」のような「いいつけ、おきて、のり。しむ、せしむ、させる」といった意味に転移していったのは。

 わたしがこの歌から採るなら、「風和」「和香」とするのだが、「風和」の「風」は頼りなく、つかみどころがないのでダメなのだろうか。風のようにそよぐ社会・文化のほうが、今のようながんじがらめの正義もどきの理屈よりよほど良いと思うのだが。
 また、「和香」は「倭寇」と重なるから他国からクレームが来るというのだろうか。しかし、「倭寇」の大半は、その他国人であったということなのだが、過剰反応ヒステリーな他国人と日本人がわめき散らすからダメなのだろうか。(2340)
posted by 矢島正見 at 00:16| 我流雑筆

2019年04月01日

『千利休』

 唐木順三『千利休』を読む。
 唐木順三は利休の茶道を「わび(侘)」の文化として捉える。そして、「さび」は無を根底にしているのに対して、「わび」は有と有との対立を根底にしている、と捉える。それは、豪華絢爛な支配者の文化に対しての対抗文化である。反権力文化ではあるが、権力があってこその文化であり、また、反権力という権力をもった文化である、と言う。
 封建体制が未だ確立されていない激動の時代での、堺商人の資質・武士に屈することを良しとしない意志から由来する利休と武士の頂点に上り詰めた秀吉との戦いである。政治支配で敗れ、屈服したものの(堺の商人自治都市の崩壊)、茶という文化では、優れている、屈服しないという観念からの対抗・抵抗である。唐木順三はその代表として利休を位置付けている。
 歴史学者ではない、まさに国文学者であり文芸評論家である唐木順三だからこその文化論である。
 なお、唐木は、江戸時代に入り、再度「すさび」を復活させた文人として芭蕉を位置付けている。
 しかし、私見としては、時代は既に「憂世」から「浮世」に入り、井原西鶴等の町人文化(上方・江戸大衆文化)へと時代変容が始まっていた時代の違いを見なくてはならない。殺されることもなく、とりあえず生きていけるそうした時代に生きた芭蕉の「すさび」と、鎌倉・室町の荒くれどもの殺し合いの中に生きた西行、一遍、長明、兼好の「すさび」とはやはり異なる。(2339)
posted by 矢島正見 at 00:33| 我流雑筆