2019年02月28日

『子ども・若者が変わるとき』(上)

 法務省矯正局編『子ども・若者が変わるとき―育ち・立ち直りを支え導く少年院・少年鑑別所の実践―』という、副題が随分と長い本を読んだ。
 少年院と少年鑑別所の理念・制度・実践活動・等が実にわかりやすく書かれている。特に、実践活動の論考は、さすが現場での熟練教官・心理技官の書いたものであると感心する内容である。
 この一冊を読めば矯正教育がいかなるものであるか、十分に理解し得る。また、少年院や少年鑑別所での近年の新たな取り組みもわかる。他機関連携・地域内官民連携が適切に進んでいる。
 矯正・更生保護活動のボランティアの方々は当然のこと、非行傾向のある子どもを持つ親も必読の書である。(2327)
posted by 矢島正見 at 16:28| 我流雑筆

2019年02月25日

水泳

 4年生の孫とプールに行き、5週間ぶりに泳いだ。
 まずは、柔軟体操。次はプールの出入り口の浅い部分で脚の柔軟体操。そしてプールに入り、様々な歩き方で水中歩行。25mの歩行を10本。
 そしてようやく泳ぎ。平泳ぎとクロールである。今回は平泳ぎが3本、クロールが2本にした(いつもはともに4本)。最後にまた出入り口で柔軟体操。全部でおよそ30分間である。
 プールまでは往復徒歩約6キロ。かなりの運動量である。(2326)
posted by 矢島正見 at 19:14| 我流雑筆

2019年02月21日

『若い詩人の肖像』C/4(完)

 第二に、登場する人物が全く異なる。『放浪記』には、無名の人間ばかり出てくる。自称詩人は出てくるが、まったくの無名である。林フミコ自身詩を書いてはいるが、これもほぼ無名である。
 伊藤整は既に小樽時代に『雪明かりの路』を自費出版しており、東京でも詩人仲間ではそれなりに名前が売れている。そして、『若い詩人の肖像』に登場してくる人物が『放浪記』とは決定的に異なる。若き日の小林多喜二、北川冬彦、梶井基次郎、三好達治、等である。
 さらに伊藤整は小樽では最高のエリート学校である小樽高等商業学校を成績優秀で卒業し、小樽の中学校の教員をし、その教員を辞めてまで東京商科大学(今の一橋大学)の学生となる。飢える不安などまったくない。
 フミコは5円・10円の金が欲しくてたまらない。50円あったらなんて幸せなんだろうと夢見る。伊藤整は教員時代120円の給料を得ている。
 共通なのは、二人とも詩人になりたいという野望を抱いて、青春を過ごしたということである。そしてさらに、二人とも詩人ではなく、作家になったということである。ただし、伊藤整は東京工業大学教授、日本学術員会員、等の栄誉を獲得している。
 なお、小説中に出てくる伊藤整の詩は、私にとってはつまらなかった。ただ、気取っているだけである。文中「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降り積む。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降り積む」という三好達治の詩を、伊藤整は梶井基次郎と共に絶賛している。そして「私は三好達治の中に本質的な詩人がいるように感じた」と書いている。ここは私もよくわかる。(2325)
posted by 矢島正見 at 12:25| 我流雑筆

2019年02月19日

『若い詩人の肖像』B/4

 林フミコが『放浪記』を書いて、林芙美子となり一躍有名になったのは26歳のことである。林芙美子は林フミコをほぼ忠実に再現している。同時代の体験を同時代の感性・感情で描いている。一方、伊藤整(いとう せい)は、1954年から1956年(49歳から51歳)にかけて、若き頃の伊藤整(いとう ひとし)のことを、回想録風の小説として、しっかりと構成して描いている。そこが決定的に異なる。
 『放浪記』は日記体で書かれており、林フミコの感情の吐き出しそのものである。自己の生活を自分自身の視点から見ている。客観的な自己分析などない。一方的な自己感情表出小説であり、時代も状況も、ときには場面もわからずに、時間の流れもストーリー展開もよくわからないことが多い。
 伊藤整は、第三者の視点から自己分析をし、自己の感情を客観的に描いている。小樽の情景もよくわかり、時間の流れもストーリー展開も極めて明瞭である。
 さらに大正から昭和にかけての日本の詩文学の時代性もわかる。読んでいて、当時の若い詩人にとっては、この時代の詩の潮流というものをこのように認識していたのか、と納得する。島崎藤村を代表とする抒情詩の終末期であり、プロレタリア文学の最盛期を迎えようとしていた時代と絡めて、自己の青春の欲望・不安・焦りが見事に描かれている。
 若い女の文章と大人の男の文章の違い、無名の作家の文章と作家・文芸評論家として名声を確立させた文学者の文章の違いである。(2324)
posted by 矢島正見 at 00:44| 我流雑筆

2019年02月16日

発表会と陸上競技大会

 二人の孫、同時の晴れ舞台。
 2歳の孫の保育園の発表会。真ん中にいるのは孫の「あーちゃん」。全員の服装といくらか異なる。それが真ん中にいる。
 名前を呼ばれたときから差が現れていた。片手をまっすぐ上げて「はい」。
 踊りが始まった。すべて完璧に踊ったのは「あーちゃん」ただ一人。2歳児保育だけでなく他の保育児の親たちも、おそらく芸能界の総選挙一位のトップが中心のあのスタイルだったのでは、と勘違いしたのではないだろうか。実に輝いていた。
 それが午前中。午後からは横浜線で小机に。
 小学4年生の孫は「横浜ちびっこ駅伝大会」に出場。あの横浜は小机にある日産スタジアムにて「ロードレース(1600m)4年男子部門」に参加。各学校のえりすぐれた参加選手120人中25位という成績を収めた。競技場に帰って来てからのラストスパートで4人を抜いてのゴールであった。大したものである。
 夜は、お好み焼き屋で夕食。二人の孫の大奮闘で、今夜はじいじのポケットマネーでの大奮発であった。(2323)
posted by 矢島正見 at 23:58| 我流雑筆

2019年02月15日

怪我・続々報

 歯医者にて最初に歯のレントゲンを撮ったときには「異常なし」と言われた。しかし、2回目に行ったとき、前歯の一本が未だぐらぐらしているということで、再度レントゲンを撮った。
 その結果、前歯の一本が根本で折れていることが判明した。
 「治療してみるが、ダメな場合は歯を抜かなければならない」と言う。さてさて困ったものである。(2322)
posted by 矢島正見 at 19:20| 我流雑筆

2019年02月14日

『若い詩人の肖像』A/4

 小樽中学の高学年時代から小樽高等商業学校時代、小樽中学の教員時代、そして東京商科大学一年生までの自伝小説である。面白かった。性的なストーリーはもちろんあるが(ただし、描写は実にあいまい)、詩人を志す青年の欲望と不安の日々が主なテーマである。
 林芙美子の『放浪記』と比較してみると、実にその違いが明確化されて、面白い。
 『放浪記』は、林フミコが大正11(1922)年から大正15(1926)年のおよそ5年間に書いた日記に基づいての自伝小説である。フミコ(のちに「芙美子」)、満で19歳から23歳の日記である。
 伊藤整の『若い詩人の肖像』は、大正11(1922)年から昭和3(1928)年のおよそ7年間、数えで18歳から24歳までのことである。ほとんど、時代も年齢も重なる。しかし、まったく違う。(2321)
posted by 矢島正見 at 02:08| 我流雑筆

2019年02月12日

『若い詩人の肖像』@/4

 伊藤整の『若い詩人の肖像』を読んだ。
 有名な作家であり文芸評論家ではあるが、伊藤整の作品は詩も小説も評論も読んだことがなかった。『チャタレイ夫人の恋人』の訳者であり、『女性に関する十二章』の筆者ということくらいしか知らなかった。
 『チャタレイ夫人の恋人』は以前途中まで読んだが、最後まで読んだという記憶はない。忙しくなって途中で止めたのかもしれないが、思ったほどエロくはなかったということが止めた第一の理由だと思う。この小説のどこが猥褻なのか分からなかった。まさに、「猥褻」などという刑法概念は時代の産物である。
 しかし、井上章一の『愛の空間』で、伊藤整の『若い詩人の肖像』が取り上げられていたのは、はっきりと記憶している。そこでは、小樽高等商業学校の学生だった伊藤整が女子高生と性交する場が、夏から秋にかけては野外にいくらでもあったのだが、冬になると雪が積もり寒くて場所がなくなり、仕方なく蕎麦屋の二階でやった、ということが書かれているのである。小樽という地域、そして蕎麦屋の二階と、読んでいて実に納得した。(2320)
posted by 矢島正見 at 22:21| 我流雑筆

2019年02月09日

怪我・続報

 随分と口の腫れはひいてきた。口の中の傷も治りだしてきた。痛みも和らいできた。
 しかし、未だに、上唇の裏側の傷はパカっと開き、痛み、上の前歯2本は舌でて触るだけでも痛い。もちろん、噛むなどということはタブーである。柔らかいものをそっと口の奥に運んで食べている。(2319)
posted by 矢島正見 at 23:30| 我流雑筆

寒い

 雪は大したことなかった。しかし、寒い。今日は本当に寒い。
 10時に目が覚めたのであるが、12時まで布団の中にいた。布団の中が一番いい。(2318)
posted by 矢島正見 at 14:39| 我流雑筆

2019年02月04日

『侍はこわい』

 司馬遼太郎『侍はこわい』を読んだ。時代劇8本からなる短編集である。
 8本ともに初期の作品であり、そして8本ともに秀作である。司馬遼太郎と言えば長編小説というイメージが強いが、短編もすごい。
 気楽に読めて、面白く、味わいのある作品である。絶品と言ってもよい。
 こんなことを想っていると、戦後日本文学の頂点は昭和20年代から40年代までだったのではないかと思えてくる。爺の昔を懐かしむたわごとではないような気がする。(2317)
posted by 矢島正見 at 23:23| 我流雑筆

2019年02月03日

怪我

 行きつけのカラオケスナックに行った。今年になって初めてである。スナックの客は初めから終わりまで、私一人。
 ふるーい唄を歌い、飲む。ボトルが今少しでなくなる。ビンの底に1センチ、いや7−8ミリ程度残っている。
 そこで、これをすべて飲んで、新しいボトルをキープすることにした。しかし、それがいけなかった。飲み過ぎた。
 店を出たのは覚えている。出てすぐに、転んだようだ。通りかかった40歳くらいの男性に抱き起こされ、店からママも出て来た。
 帰りの方向が同じというので、その男性と一緒に途中まで帰った。お礼を言って名前を聞いたと思うのだが、顔も名前もまったく覚えていない。たしか、体格の良い方だった。
 家にたどり着き、そして、寝たようだ。朝起きて、驚いた。上唇がはれ上がり、顔が血だらけである。メガネは割れてはいなかったが、ひん曲がっていた。前歯が痛い。一本、ややぐらぐらする。右ひざを見たら、そこも擦りむけて血がにじんでいる。
 口が痛いので、思うように食べられない。柔らかいものを、そっと口の奥に運び、食べている。うどんだとか、おじやだとか、豆腐だとかがいい。熱い飲み物も、酸っぱい飲み物もダメ。(2316)
posted by 矢島正見 at 14:34| 我流雑筆

J組クラス会

 久しぶりに高校のクラス会に行ってきた。
 みんなじじい・ばばあになってしまっているが、集まった連中はさすがに元気で若い。そして男も女もよく食べる。私は食べ過ぎて、帰る途中から下痢を起こしてしまった。(2315)
posted by 矢島正見 at 00:28| 我流雑筆