2019年01月15日

『放浪記』F/8

 親も哀れである。行商の男・ヨソ者と結婚したということで母はふるさとを追われる。以来、夫婦は九州各地を行商する。フミコが生まれたのは下関である。よって、フミコの故郷は下関ということなのだが、フミコにふるさとはない。
 定住し商売が繁盛した実父は女(流れ芸者)を囲う。そこで母親は離婚する。それを同情した番頭と母はフミコが8歳の時に再婚する。男は母より20歳年下であった。20歳も年下の男が子持ちの女とよく結婚したものだと、不思議である。男は母よりもフミコに近い年齢のはずだ。
 実母と養父はしばらく福岡の炭鉱の町(直方)を拠点に、遠賀川の炭坑の社宅や坑夫小屋に商いに出かけた。フミコは学校を辞め、その頃から自ら行商を始める。フミコ自身の行商人生の始まりである。フミコの少女時代はこの地で始まる。
 フミコ13歳の時、直方から親子三人は尾道に行く。この尾道がフミコの青春時代である。2年遅れて小学校を卒業し、尾道の女学校(四年制)に入り、卒業する(フミコ15歳〜19歳)。学費のすべては自分で稼いでの学業生活だったという。この時代での頑張りがなかったら、後の「林芙美子」は存在しなかったであろう。
 女学校卒業後、フミコは男を追って東京へ行く。ここで、親と別の生活が始まる。
 夫婦二人は、ともに行商の旅に出たり、互いに分かれて別の地を行商したり、時には尾道で二人で暮らし、時にはフミコを頼って東京にやってくる。真冬、三人で一つの布団で寝る。そんな時、フミコは親への殺意すら起こす。
 養父は小心者。馬鹿正直で生活力がなく、稼いだ金はばくちで使い果たす。実母はそんな養父に愛想をつかしながら別れられない。20歳も若い夫も分かれようとはしない。(2309)
posted by 矢島正見 at 23:49| 我流雑筆