2018年11月30日

韓国へB/3(完)

 ソウルからチュンチョンへ。その晩、大歓迎を受けた。世宗ホテルという、そこでは最高級のホテルに宿泊。にもかかわらず、私は一切土産物なし。
 翌日は、チュンチョンからソウルへ。女子少年院にて大歓迎を受けた。そして、その晩も大歓迎。プレジデントホテルというソウルで一流のホテルに宿泊。
 翌日、韓国矯正局長にご挨拶。午後からはシンポジウム。私は基調講演をして終了。夜はまたまた大歓迎。
 翌日、ソウルは雪。朝ホテルを立ち、金浦空港から羽田空港へ。
 疲れた。ドジをしたが、大会は無事終了した。次回は日本での開催である。私が迎える側の代表となる。これはもっとしんどい。その際、バカをやらなければよいが。(2294)
posted by 矢島正見 at 22:16| 我流雑筆

2018年11月29日

韓国へA/3

 ようやく金浦空港に到着。
 入国手続きで、背広の内ポケットからパスポートを取り出す際に、財布も一緒に入れてあって、財布も取り出した。
 審査を受けて外に出て、パスポートを仕舞おうとして財布のないことに気付いた。探してもない。パスポートを出すときに財布を落としてしまったと思った。
 幸い、出口にて二人の仲間が私を待っていてくれた。そのうちの一人は韓国人であり、その人に告げると、早速その人が手配をしてくれた。そしてもし見つからないようならば警察へ、ということであった。
 ところが、財布はあった。背広の内ポケットに入れたのではなく、コートの内ポケットに入れてしまったのだ。韓国の仲間にそのことを告げて、警察への連絡は免れた。
 最大のドジであった。(2293)
posted by 矢島正見 at 11:22| 我流雑筆

2018年11月27日

韓国へ@/3

 所用で韓国に出かけた。出だしから問題続出の旅となった。
家を出るのが10分ほど遅れた。それで横須賀線を予定より1本遅れの電車に乗った。
 YCATから羽田に行ったのだが、バスが直前に出てしまい、次のバスは国内線止まりで、国際線まで行くのは次の次であった。これでさらに15分は遅れた。
 しかも、私の記憶が間違っていて、30分程度で到着すると考えていたのだが、YCATから羽田までは国内線第1ターミナルまでが30分であり、国際線のターミナルまでは45分ほどかかるという記憶がよみがえった。不吉な感じに襲われた。
 道路が混んでおり1時間かかり、国際線のターミナルに着いたのは、予定より50分ほど遅れた。フライトまであと30分しかない。
 ANAのカウンターに並んだのだが、よく見るとビジネスクラスであり、エコノミークラスに並び替え、ネットで送られてきた予約証のコピーを取り出そうとバッグを探したのだが、ない。ここで慌てた。
 ANAの係の人に事情を告げると、パスポートがあれば大丈夫ということで、すぐに搭乗券を発行。「急いでください」と言われ、彼女と共に出国の審査を受け、そこで別の女性と交代し、急いで搭乗ゲートへ。
 最後尾が入る寸前であり、その後ろに付いて、ようやく飛行機に乗り込むことが出来た。おかげで、韓国へのみやげの酒を買うことが出来なくなってしまった。
 いつも余裕を持って行動していた私にとっては、数十年かぶりで、大慌ての状態に落ち入ってしまったわけである。(2292)
posted by 矢島正見 at 19:20| 我流雑筆

2018年11月25日

『青べか物語』

 『青べか物語』を読んだ。最初、随筆かと思ったが、小説であった。
 山本周五郎『青べか物語』は昭和36年に文芸春秋社から出ている。随筆風の小説であり、山本周五郎が20歳代半ばの頃に体験した・もしくは見聞したことに基づいてのごく短い短編小説である。
 舞台は大正15年から昭和4年までの浦安。小説では「浦粕」として出てくる。旧江戸川の東に位置する、今ではディズニーランドのある地である。百万坪の芦や雑草の生い茂った荒地・湿地と隣り合った小さな漁師町での物語である。
 赤松啓介の夜這い研究によると昭和20年代まで農漁村では未だ夜這いがあったということだが、ここで描かれている浦粕の人たちの性に対してのおおらかなこと(今では、とんでもないふしだらなこと)は驚きである。当時の農漁村の低階層の人たちにとっては、「不倫」などという概念がないような感じである。特に小学3年生の「おたま」の早熟さはすごい。数十年前のことぶきドヤ街の女の子以上である。(2291)
posted by 矢島正見 at 10:16| 我流雑筆

2018年11月20日

『尾行』

 佐野洋『尾行―短編 一年に一つ×25上』を読んだ。面白い副題だ。
 日本推理作家協会がその年の優秀な短編小説をまとめて一冊の本にした。それが25年間続いた。佐野洋は、ただ一人、25年間選ばれ続けている。毎年多くの短編小説が出てくる中で、25年間選ばれ続けるということはすごいことである。まさに、「短編の名手」である。おかしな副題には、こういう意味があるのである。
 私の最も好きな推理小説家の一人であるが、そしてその中でもかなり出来のよい短編集なのであるが、久しぶりに読んでみたら、あまり読む気がなくなった。佐野洋がダメになったというのではなく、推理小説自体読む関心が薄れたと言ってよい。
 『包丁ざむらい―十時半睡事件張』はだらだらと読み10日ほどかかったが、『尾行』の8本の短編は読み終わるのに20日以上かかった。その間に、『包丁ざむらい―十時半睡事件張』を読んだ。「だらだら」読みではなく、「時々思い出したように」の読みであった。(2290)
posted by 矢島正見 at 11:15| 我流雑筆

2018年11月18日

清正伝

 数十年前におやじがノートに書き記した自分史を、息子がパソコンで新しく打ち直した。それを基に訂正版を作成した。
 息子は家系図も訂正してきた。盆の16日に親類が集まったときに、兄と兄嫁、姪に分からなかったところを聞き、その後、地図や資料等にて確認しつつ、空白や「?」の個所を埋めていった。ほぼ完ぺきなものが出来上がった。孫からみると6代まで遡ることが出来た。ついでに清正略歴一覧も作った。
 孫たちが興味関心を今後示すかどうかは定かではないが(孫が生まれたときおやじは既になくなっていた)、こういうのは残しておくべきである。(2289)
posted by 矢島正見 at 18:54| 我流雑筆

2018年11月10日

時代劇俳優ベスト17

 ついでにということではないが、「私が選んだ時代劇俳優」を記しておく。ただし、順位は付けない。並びは、ほぼ古い順である。
 尾上松之助、沢田正二郎、坂東妻三郎、大河内伝次郎、嵐勘十郎、片岡千恵蔵、市川右太衛門、長谷川一夫、月形龍之介、高田浩吉、辰巳柳太郎、島田正吾、三船敏郎、中村錦之介、市川雷蔵、勝新太郎、大川橋蔵。以上17名。
 とまあこんなものであろう。
 なお次点としては、大友柳太朗、東千代之介、中村賀津雄、若山富三郎、近衛十四郎、千葉真一、緒形拳、北大路欣也、里見浩太朗、高橋英樹、真田広之、渡辺兼がいる。
 千葉真一以降の7名は、既に時代劇映画の時代が過ぎ去ってしまっていたが故である。
 時代劇全盛時代こそ映画全盛時代である。
 上記の17名は、三船を除いては年間30本以上の時代劇に出演していたであろう。沢田、辰巳、島田は新国劇なので、映画は少ないが、舞台を入れたらそれこそ50回以上であろう。
 昭和40年代に入ると、急激に時代劇は衰退していった。その結果、映画産業そのものが衰退していった。そして時代劇から明治以降の任侠物(ヤクザ路線)へと出し物が変わっていった。(2288)
posted by 矢島正見 at 11:05| 我流雑筆

2018年11月06日

『包丁ざむらい―十時半睡事件張』

 白石一郎の『包丁ざむらい―十時半睡事件張』を読んだ。十時半睡事件張シリーズの第一弾である。かなり以前に一度読んでいる。20世紀のことだ。
 NHKで、この十時半睡事件張がドラマ化され放映されていた。半睡役を演じたのは島田正吾であった。沢田正二郎亡き後、辰巳柳太郎と共に新国劇を支え続けた大俳優である。私は辰巳よりも島田のほうが好きだった。
 それはともかくとして、実に楽しく、気楽に読める小説である。頭が疲れたときのカンフル剤である。一度読んでも忘れてしまっているので、新鮮に読める。
 ここには「第一話」から「第十一話」までの11本の短編小説が掲載されている。のんびりと、一日一話程度読んでいったので、ほぼ10日ほど費やした。『土』と読み方が全く異なる。まさに「のんびり」である。(2287)
posted by 矢島正見 at 11:39| 我流雑筆

2018年11月03日

体重

 56sまで下がった体重が60sにまでなった。筋肉がついたということはほとんど考えられないので、増えた4sはほぼ脂肪であろう。
 その結果、こけていた顔がややふくよかになり、痩せた首が少し太くなり、たるんでしまった胸に張りが出て来た。ここまでは良いのだが、腹が膨れだした。4sの脂肪が溜まるとこのようになる。(2286)
posted by 矢島正見 at 10:17| 我流雑筆