2018年10月04日

『土』E

 村の隣近所での肺結核患者を描かなかったのは何故か。肺結核は、当時もっとも一般的な病気であり、最も一般的な死亡原因であったはずだ。
 勘次一家族だけに物語を限定したのは、人間関係の展開としてはわかりやすかったが、村全体を描くことには欠けている。時代の貧乏・不潔・狡猾・不幸を描くには、一家族だけでは物足りない。
 その点で、リアリティの欠如が見えてくる。写実主義だからリアリティというわけにはいかない。何処に視点を置くか、そこが問題である。一つの視点だけでは、一点のリアリティとならざるを得ない。
 ボケのじいさんを抱えた家族、食い物を与えず老親を殺す家族、生まれた子が何故か次から次へと死んでいく家族、肺結核患者を納屋の中に放置する家族、家出して今どこに住んでいるのかわからない長男にいつまでもこだわる家族、狡猾で口だけはうまい寺の僧侶、一日中酒を飲んでいる地主の息子、等が写実主義で描かれていたら、それこそ、貧しい時代の貧しい農村の貧しい人々の大展開となったことであろう。(2275)
posted by 矢島正見 at 23:14| 我流雑筆