2018年07月07日

ワールドカップB ドイツ対韓国戦

 まったくドイツらしくない試合であった。
 がんばってはいるのだが、そして動いてはいるのだが、鋭さが感じられない。洗練された完璧なチームという印象がない。この試合に関してはドイツは二流のチームだった。しかも、最後はさらに焦りが加わり、自滅した。残念である。
 韓国が勝ったというよりも、ドイツが自滅したのである。(2239)
posted by 矢島正見 at 23:20| 我流雑筆

ワールドカップA コロンビア戦

 日本は2対1で勝ったものの、コロンビアの得点は完全に審判のミスジャッジである。
ゴールはビデオ判定となったが、その前のプレーの長谷部にはまったく問題がなかった。ビデオを見れば一目瞭然。クレームがついた場合のみビデオ判定するのではなく、PKや得点に絡む重要な場面やイエローカード・レッドカードを与える場合には、全てビデオ判定をすべきである。人間の判断よりもよほどビデオの方が優れていると心得るべきである。
そのうち、審判はどのスポーツでも機械が行い、人間による判定は不要になるであろうが、1点の重みのあるサッカーではなおさら重要である。バスケットボールやラグビーとは、この点で決定的に異なる。
 人間の判定の限界性を認めなければ正しいスポーツの発展はないと思ったほうがよい。今人気だからと、FIFAは傲慢に陥ってるのではないかと思わざるを得ない。そうであるならば、選手とサポーターは悲劇である。
 また、副審の存在意義がよくわからない。何のためにいるのか、その存在性を発揮すべきである。具体的には、主審の判断に異議申し立てをすべきであり、ビデオ判定を申し述べるべきである。
 広大なフィールドを一人で判定することなど到底不可能である。相撲にはあんな狭い場所での判定に5人の判定者がいる。これをサッカーに当てはめれば500人ほどの判定者が必要となる。非現実的ではあるが、そうした配慮をFIFAがしていないところが最も問題である。
 今回からやや科学的装いを見せてはいるが、そしてそれなりに効果を発揮しているが、それでも未だに判定が原始的なスポーツである。(2238)
posted by 矢島正見 at 01:44| 我流雑筆