2018年06月29日

同級会

 高校時代のクラス会(といっても、拡大幹事会)をした。12名も集まった。2つのテーブルを連結させて呑んだ。
 しかし、周りが実にうるさい。両隣の人の話はどうにか聞き取ることが出来るのだが、その隣や向かい側の人の話はかなり聴き辛い。耳に手を当てて聞いてもよくわからない。
 こうした状況が3時間に及んだ。これは疲れた。酒で頭がふらふらになったのではなく、「聞く」ということの困難を耐え忍んで、ふらふらになってしまった。がっくりと疲れた。(2235)
posted by 矢島正見 at 12:59| 我流雑筆

2018年06月24日

続『俘虜記』

 『俘虜記』読了。ようやく読み終えた。
 驚いたことがある。この『俘虜記』によれば、戦艦大和の轟沈も、ソビエトの満州侵攻も、広島の原爆投下(投下されたのが原子爆弾ということ)も、ポツダム宣言も、8月10日のポツダム宣言受諾も、日本の最後の要求が「国体護持」であることも、その日のうちに、全て知っていたのである。
 満州にいる日本人にはまったくそのような情報は届いていなかったし、内地の日本人ですら知らないことまで知っているのである。全てアメリカ軍からの情報である。その情報を俘虜は当然のこととして入手していたのである。これには驚いた。

 書き方が、前半と後半ではいくらか異なっている。各章が短編として出され、そのあとで、一つの小説にしたため、その間5年の間隔があるためである。大岡氏自身「あとがき」で、そのように書いている。
 「知的エリート目線での人格描写・人物評」は、前半部分に集中している。後半からは筆に余裕が出てきたのか、人格描写・人物評に嫌み・憎しみがなくなってきている。5年の歳月が、日本を変え、大岡氏の生活を変え、氏の認識を変えていったのであろう。
 それ以外にも、私自身にとって納得と思える記述や驚きの記述があり、読み応えある(しかも、活字が小さいので、さらに読み応えのある)文庫本であった。

 なお、「附」として「西矢隊始末記」が掲載されている。漢字交じりのカタカナ文体であり、俘虜となるまでの出来事(『俘虜記』の第一章に相当)が淡々と記されている。小説というよりも、作家の書いた日誌風の記録書である。こういうものが大事である。(2234)
posted by 矢島正見 at 12:20| 我流雑筆

2018年06月18日

『俘虜記』

 今、大岡昇平の小説『俘虜記』を読んでいる。
 大岡昇平の小説では以前『野火』を読んでいる。すさまじい小説であった。しかし、その前に映画で見ている。その映画は今でもトラウマのように覚えている。同時上映でなぜか『人間の条件』を映画でみたのだが、『野火』はすさまじく、『人間の条件』はカッコいいという印象である。
 読んでいるのが、昔の文庫本なので活字が実に小さい。年寄りには絶望的に読み辛い。以前は年寄りのことなど配慮する必要がなかったようである。文庫本は若者が読むという暗黙の了解があったようだ(若者でも読める安い本)。

 内容であるが、俘虜収容病院(ミンドロ)と俘虜収容所(レイテ)の一年間のことが書かれている。そこでの俘虜生活記録である。この記録に関しては、実によく書けている。また、聞き語りの部分も含めて、ほぼ事実であると推測し得る。史実に基づいての個人史小説である。それだけでもすごい。

 驚いたことは、米軍の収容所の日本兵に対しての対応がすこぶる良いということである。特に、収容施設が整い出した昭和20年6月頃からは実に良い。戦前の日本で各自生活していた頃よりも恵まれた生活を過ごしている、といってよい。大岡氏も解説でそのように述べている。その頃、日本本土は米軍機の攻撃で都市は灰と化し、沖縄では地獄の戦争が行われていたわけであるから、さらに待遇の良さは際立つ。

 一日2700カロリーの肉中心の食事をしていたし、月に3ドル(当時の3ドルは日本円に換算したらかなりの額である)の給与が与えられ(ただし、物品として)、労働によりさらに数ドル加算される。煙草の配給は一人ひと月20本入り20箱である。タバコを吸わない俘虜もいるので、ヘビースモーカーでも十分な量が行き渡っている。酒も干しブドウから醸造されたワインもどきを毎晩のように飲み、各所で宴会が行われている。
 また、俘虜間での軍の階級の特権性が極めて弱い。軍の階級ではなく、有能な知識・技術・能力を持つ者や巧みな人間関係を構築できる者が収容所を統制する者となり、多少の優遇を得るという程度である。ソビエトのシベリア送りされた日本人捕虜の状況とは全く異なる。
 『南の島に雪が降る』は加藤大介の捕虜体験記であり、部隊はニューギニアであり、やはり日本兵はマラリアで死んでいくが、そこでも随分と寛大に描かれているが、ここではそれ以上に優遇されいると思える。
 こうした違い(米軍支配の収容所とソビエト支配の収容所との違い)は、是非とも現在の日本人にきちんと伝えるべきであるし、国際社会に訴えるべきである。

 ただ、どうも引っかかる記述が至る所に出てくる。それは俘虜となった日本兵個々人に対しての人格描写・人間評である。
 どう考えても、英語が堪能で(収容所では通訳を務めている)ドイツ語も多少話せて、京都大学(帝大)出の文学青年で、大企業のエリート社員であった知的エリート(大岡昇平)目線での人格描写・人物評だからである。
 大岡氏自身は、公平な目線・良いも悪いも関係なく、戦場でのまた収容所での日本人を描いたのだろうが、記述されたのは俗物人間・狡猾人間・無能人間・怠惰人間への軽蔑的人物評である。俘虜収容所という世間(人間関係一般)の記述は良いのだが、一人ひとり名指しで(もちろん、匿名だろうが)、評論する小説展開は、読んでいて、あまり共感できない。
 それに主人公(大岡氏自身)がカッコよすぎる。俗物人間・狡猾人間・無能人間・怠惰人間は逆に大岡という俘虜をどう見ていたのだろうか。「インテリぶりやがるヤな奴」という一言だったのかもしれない。
 やはり、学問的には、さまざまな日本兵の俘虜体験記を集成して、総合的に考察していく必要がある。一つの正義からの記述・考察は危険である。(2233)
posted by 矢島正見 at 12:09| 我流雑筆

2018年06月11日

混乱B

 NHKの大河ドラマ。第一作は『花の生涯』、主人公井伊直弼を演じたのは尾上松緑。これと第八作『もみの木は残った』、原田甲斐を演じたのは平幹次郎。
 これが混乱して、第一作『もみの木は残った』、原田甲斐を演じたのは尾上松緑と記憶してしまった。共に、時々見ていた程度であったが。
 なお、第二作『赤穂浪士』、大石内蔵助は長谷川一夫。これは覚えている。「おのおの方」である。(2232)
posted by 矢島正見 at 14:14| 我流雑筆

2018年06月09日

混乱A

 井之頭公園と石神井公園に混乱が起こった。共に行ったことがないので、混乱といえども、地理的な位置のことである。ネットで見たら、両者は案外と近いことが分かった。
 なお、玉川上水に近く、神田川の源であるのは井之頭公園だということは、記憶が当たっていた。(2231)
posted by 矢島正見 at 23:51| 我流雑筆

2018年06月06日

混乱@

 この歳になると、記憶喪失だけでなく、記憶の混乱が起こってくる。西郷隆盛の島流しは、小さな孤島で、そこで島の娘と結婚したという記憶は、いくつかのことが一つになっていた。
 西郷は、最初奄美大島に送らりている。その時は実に豪勢であり、島の客人として優遇されている。だからこそ、島の長の娘と結婚できたわけである。島津藩も、幕府への服従として送ったのであって、罪人扱いにはしていない。禄をもらっていた(最初6石、次に12石)。名前を変えたのも西郷家の家名を汚さないためであろうか、幕府への配慮のためであろう。
 その後、鹿児島に帰ったのだが、今度は藩主の逆鱗にふれる。そして送られたのが、徳之島であり、さらに刑が軽いということで沖永良部島に流された。今回は流罪人としての島流しである。
 徳之島に流されたところでは、西郷はまだまだ余裕があった感じがする。奄美大島の妻子を呼んでいる。ところが、沖永良部島に流されたのちは、ほぼ罪人扱いであり、ここで初めて西郷は苦渋を知ったのではないだろうか。私が脚本家だったら、このように描く。
 奄美大島から鹿児島に帰って、井伊直弼が死んだということで、調子づいたのであろう。
(2230)
posted by 矢島正見 at 22:57| 我流雑筆

2018年06月02日

『清水幾太郎の覇権と忘却―メディアと知識人―』

 竹内洋の『清水幾太郎の覇権と忘却―メディアと知識人―』を読んだ。よくぞここまで調べ上げたものだと、感心する。素晴らしい出来栄えである。
 竹内洋の『革新幻想の戦後史(上)』『同(下)』を読んで、実に面白く素晴らしい本であると感心した。戦後思想をリードした民主主義・平和主義イデオロギーのメディア知識人たちのことが実に詳しく書かれている書であった。
 今回は、その中の一人、社会学者清水幾太郎に焦点をあて、東大教授になれなかった怨念、大学(旧帝国大学)の学者への批判、平和主義イデオロギストの旗手としての野望、仲間の左派ラディカリストとの対立、等とが重なり合った形で進行していく。
 もちろん実名で日本の知識階層の超有名人が続出している。知る人にとってはそれだけでも面白い。
 今少し述べる。今度は批判的に。
 清水幾太郎は帝国大学(東京大学)を首席で卒業。卒業後、戸田貞三の指名で副手となる。帝国大学教授への途の船出である。しかし、その後、戸田貞三の機嫌を損ねて解任される。
 これらのことを低階層出身であるにもかかわらず旗本崩れの家系という清水の生い立ちまで遡り、プライドをもった賤民的欲望として説明する。以下の清水の人生行路も同じ論理図式で語られていく。
 しかし、どうも、その点は無理があるように思える。誰がみても東大首席卒業ということだけで、超エリートである。また、戦前には、没落して低階層となった元旗本・御家人・武士・公家なんてのは何十万といた。落語家の古今亭志ん生だってそうだった。
 ひと言で言うなら、帝国大学首席の超エリートがそれでも満足できず極超々エリートになりたかったということだ。学習院大学教授では物足りず、東大の教授になりたかったということだ。
 おそらく彼が一番惨めさを味わったのは、自分より年下にもかかわらず血筋の良い丸山眞男が東京帝国大学から東京大学教授となったこと、そして彼が丸山眞男との戦後思想界のリーダー覇権闘争に破れたことであろう。この怨念はおそらくすさまじいものだったに違いない。
 立身出世賛美の時代に、超秀才として青少年期を過ごした者だけが抱くことのできる、特権的な限りない出世・名声欲望獲得とその挫折の個人史である。(2229)
posted by 矢島正見 at 11:58| 我流雑筆

2018年06月01日

『サラリーマン川柳』

第31回『サラリーマン川柳』大賞決定【ベスト10発表】(5/23(水) 10:00配信)
 「第一生命は23日、今年で31回目となる恒例の『サラリーマン川柳コンクール』のベスト10を発表。」
 「第31回目は、昨年9月から11月にかけて、全国の幅広い世代を対象に募集し、応募作品数は4万7559句。今年2月に全国優秀100句を発表し、それらの作品を対象に、8万4000人を超えるサラ川ファンの投票により、ベスト10が決まった。」

■全国投票結果 TOP10   作品(雅号/年代/性別)
1位『スポーツジム 車で行って チャリをこぐ』(あたまで健康追求男/60代/男性)
2位『「ちがうだろ!」 妻が言うなら そうだろう』(そら/40代代/女性)
3位『ノーメイク 会社入れぬ 顔認証』(北鎌倉人/50代/男性)
4位『効率化 進めて気づく 俺が無駄』(さごじょう/30代/男性)
5位『電子化に ついて行けずに 紙対応』(トリッキー/50代/男性)
6位『「マジですか」 上司に使う 丁寧語』(ビート留守/70代/男性)
7位『父からは ライン見たかと 電話来る』(アカエタカ/60代/男性)
8位『「言っただろ!」 聞いてないけど 「すみません」』(中っ端/40代/男性)
9位『減る記憶 それでも増える パスワード』(脳活/20代/男性)
10位『ほらあれよ 連想ゲームに 花が咲く』(さっちゃん/50代/女性)
                                    (2228)
posted by 矢島正見 at 11:00| 我流雑筆