2018年04月29日

『居場所』

 『居場所―生の回復と充溢のトポス』を読んだ。これは一般読者向けに書かれており、わかりやすい本である。テーマも『居場所』なので、一般の人たちの興味あるところであろう。しかもお値段も手ごろである。(2217)
posted by 矢島正見 at 23:22| 我流雑筆

『人口減少社会と高校魅力化プロジェクト―地域人材育成の教育社会学―』

 『人口減少社会と高校魅力化プロジェクト―地域人材育成の教育社会学―』を読んだ。これも専門性が高い。しかし、その割には安い。お買い得である。教育行政に携わる人にとっては必読の本である。(2216)
posted by 矢島正見 at 23:20| 我流雑筆

『中学生の学校適応と生徒指導に関する研究』

 『中学生の学校適応と生徒指導に関する研究』を読んだ。博士論文をまとめて本にしたものである。よって、極めて専門性の高い内容となっている。
 この種の本は、売れる本ではないので、値段が高い。それが玉に傷である。(2215)
posted by 矢島正見 at 23:18| 我流雑筆

情状鑑定と判決前調査

『刑事裁判における人間行動科学の寄与―情状鑑定と判決前調査』を読んだ。サブタイトルに示すように、近年重要視されてきている「情状鑑定と判決前調査」に関しての専門家集団の最新の論考であり、かなり重みのある専門書籍である。値段が高いので、主に研究者と弁護士が買うのではないだろうか。(2214)
posted by 矢島正見 at 23:13| 我流雑筆

2018年04月22日

海音寺潮五郎2冊

 海音寺潮五郎の文庫『乱世の英雄』『覇者の条件』の2冊を読んだ。両方とも、小説風随筆、随筆調小説といった感じの文である。海音寺潮五郎の場合は、小説よりもこういった類のほうが面白い。(2213)
posted by 矢島正見 at 14:52| 我流雑筆

2018年04月19日

うんこの話E 『おしりたんてい』

 子どもの物語に『おしりたんてい』というシリーズがある。おしりたんていが謎を解くというものだ。
 そのおしりたんていは顔が尻の形をしている。顔が尻になっていると言っても過言ではない。髪の毛・眉毛・目はあるが、耳・鼻・口は描かれていない。
 いつも最後に定番のシーンがある。おしりたんていが息を大きく吸い込んで、すさまじい勢いで息を吹き出すのだ。ということは、見えないところに(お尻型の顔の割れ目に)鼻と口があるのかもしれない。しかし、どうみても、おしりの顔からすさまじいおならをした、としか思えないのである。(2212)
posted by 矢島正見 at 00:49| 我流雑筆

うんこの話D おならも好き

 子どもは、ウンコだけでなく、おならも好きである。おならをすると「くちゃい」とか言って、大喜びする。しかし、何故なのかわからないが、おしっこはあまり人気がない。
 「屁」とはあまり言わずに「おなら」と言う。うんこでは、「便」「大便」とは言わない。「うんこ」もしくは「うんち」である。(2211)
posted by 矢島正見 at 00:45| 我流雑筆

2018年04月15日

うんこの話C 立派なうんこ

 小さな子どもでも、立派なうんこがどんなものであるかは、良く知っている。下痢便は子どもでも喜ばれない。太くて長くてみずみずしいうんこが「立派」ということがわかっている。(2210)
posted by 矢島正見 at 20:59| 我流雑筆

2018年04月13日

うんこの話B うんこ大好き

 子どもはうんこが好きだ。特に男の子は好きだ。女の子では小学二年生頃でうんこ好きは卒業だが、男の子は五年生くらいまで続く。
 いや、口には出さなくても、大人になってからも好きなのかもしれない。「下ネタ」というのは、なにもエロい話だけではない。うんことおならの話も下ネタの大きな要素である。(2209)
posted by 矢島正見 at 12:31| 我流雑筆

2018年04月12日

うんこの話A うんこ自慢

 一歳から三歳くらいまでは、うんこを自慢する。おまるで、トイレでうんこをすると「出たよーっ」と呼んで、お尻を拭いてもらうのだが、その際、「すばらいしウンコ」「立派なウンコ」と褒めると大喜びする。(2208)
posted by 矢島正見 at 23:58| 我流雑筆

2018年04月08日

うんこの話@『うんこ漢字ドリル』

 『うんこ漢字ドリル』というのがベストセラーになっている。我が家にもある。孫がこれで勉強しているからだ。
「お正{月}には うんこを もって あいさつに いきます」(一年生)
「{水}道の じゃ口から うんこが 出て きた」(一年生)
「一人前のうんこができるよう、{誠}心誠意努力します。」(六年生)
「うんこをにぎって、{乳}しぼりの練習をしよう。」(六年生)
とまあ、こんな感じだ。(2207)
posted by 矢島正見 at 22:17| 我流雑筆

2018年04月06日

『戦前日本のポピュリズム―日米戦争への道』

 面白い本を読んだ。私が思っていたことを実に的確に論述してくれている書である。
 新聞がいかに国民をある一定の方向へと煽り、野党が議会にて政府攻撃の材料としていかに利用し、政府も国民迎合の政策へと舵をとり、軍部ですら国民迎合に乗り政治力を強化させていった、という近代史が書かれている。
 本書は、日露戦争講和条約(ポーツマス条約)締結批判の大衆暴動から書き始められている。「勝った、勝った」と叫ぶ国民、それを煽る新聞。実際はこれ以上続けたら絶対に負ける、したがって負けないうちに終戦締結をしなくてはならなかった政府。煽る新聞・叫ぶ国民に対抗する政府。これがその後の日本史でどのように崩れていったかを、大政翼賛会・日独伊三国同盟までが書かれている。
 ここでは、戦犯は天皇でも大資本でも軍部でもない。新聞・ニュース映画・ラジオと国民である。
 今の新聞・テレビ、今の国民、今の政党もほぼ同じである。(2206)
posted by 矢島正見 at 21:45| 我流雑筆

2018年04月02日

4月

 4月になりました。本格的に春になりました。「春眠暁を覚えず」の春です。いつまでも眠っていたい春です。全身倦怠感の怠惰を心地良く味わう春です。
 1日に孫軍団が帰って行きました。孫たちも一学年上級生となりました。(2205)
posted by 矢島正見 at 12:05| 我流雑筆