2017年08月21日

平和への願い

 8月になると、毎年のこと、テレビでは戦争の番組が多く組まれる。しかし、そのすべては日中戦争・太平洋戦争・第二次世界大戦である。8月に原爆が投下され、終戦を迎えたのだから放映も当然と言えば当然だが、平和を祈るというのであれば、これはまた別。
 幕末の内戦も日清戦争も日露戦争も第一次世界大戦もあっていい。しかし、これらはすべて無視されている。幕末内戦も日清戦争も日露戦争も第一次世界大戦も、日本人にとってあまり平和を祈ることには向いていないようだ。
 幕末内戦後、内戦はもうこりごり、なんてことに国民はならなかった。日清戦争でも日露戦争でも、二度と戦争は致しません、とはならなかった。逆に、マスコミも国民も大喜びしていた。第一次世界大戦は、史上最大の大惨事を招いた戦争だったにもかかわらず、どこかで戦争をしているようだ、という認識で済ませてしまっている。日本人は悲惨さの認識などまったく抱かなかった。
 こうした意識にこそ、大きな問題が潜んでいることの反省が全くない。真に平和を願うのなら、勝利した戦争の反省も、他国での戦争の認識も必要である。負けた戦争だけ反省してても、それは半分だけの反省である。(2120)
posted by 矢島正見 at 10:51| 我流雑筆