2017年06月25日

牛の糞

 テレビを見ていて感心したことがある。
 モンゴルでは未だに厳寒の冬では牛の糞を乾かしたものに火をつけて暖房を採るという。家中に糞の匂いが立ち込めるわけだ。
 日本に来た夫婦はその匂いが懐かしいという。ところが、日本で生まれた子どもは牛の糞は臭いと嫌がる。
 これこそが文化の規定性である。存在拘束性である。人間は自覚しないままに喜怒哀楽や匂い・臭いまでも時代に規定されているのである。(2102)
posted by 矢島正見 at 13:52| 我流雑筆