2016年08月27日

子どもの貧困問題を扱ったNHKのニュース番組

 「子どもの貧困問題を扱ったNHKのニュース番組で体験を語った女子高校生について、インターネット上で「貧困ではない」「捏造(ねつぞう)だ」と批判する書き込みが相次ぎ、自民党の国会議員がNHKに釈明を求める騒ぎとなっている。」という。
 「イベントを主催した同県子ども家庭課の小島厚課長は「ショッキングだ。勇気を振り絞って話した生徒への個人攻撃だけはやめてほしい。食べるものや着るものがあるとしても、修学旅行や部活の遠征に行けなかったり、進学をあきらめたりする『相対的貧困』の見えにくさを考えようというイベントだった。まさに見えにくさゆえに誤解が広がってしまった」と話した。」という。
 また、「貧困問題に詳しいフリーライターのみわよしこさんの話 政治家も含めて相対的貧困と絶対的貧困についての理解が不足している中で、ネットで社会の最も弱い者に対して攻撃のエネルギーが向かってしまった。道のりは険しいが、貧困の解消について社会的な合意を形成すべきだ。自宅の写真や容姿の中傷は立派な犯罪で、立件は可能だ。「ネットだから」というやり得を許してはならない。」という。(以上、毎日新聞ネット、2016.08.24)
 立派なコメントのようだが、さて、どんなものだろうか。確かに、ネットではかなり批判されているようだ。なかには誹謗中傷も多多あることだろう。それに対しての反批判ということなのだが、いささか気になる。
 というのは、「相対的貧困」という概念はまさに相対的であるからだ。福祉学ではときに「イギリスでは午後にビスケット付きの紅茶が飲めなくては相対的貧困」と説明するが、それは「ゆりかごから墓場まで」という古き良き時代のイギリスの相対的貧困だ。
 日本では、バブル経済崩壊以前の相対的貧困と、それ以降の相対的貧困とは明らかに異なる。イベント主催の小島厚課長の「相対的貧困」とは、フリーライターのみわよしこさんの「相対的貧困」とは、どのような相対性を念頭に置いての発言だったのだろうか。
 このネットで批判を書き込む人(おそらく主に若者)の中には、年収150万円未満で生活している人も多くいるのではないだろうか。年収150万円未満での一人暮らしの若者たちだ。そういう層の若者たちの生活実感を伴った「相対的貧困」批判に対しては、きちんと説明する必要があろう。何故なら、それは単なる誹謗中傷ではないからである。
 バブル経済崩壊以前の相対的貧困認識や大学のテキストのなかでの相対的貧困認識で、イベントしていたのであるならば、またテレビ制作していたのであるならば、イベント企画側・テレビ制作側の問題認識が問われよう。やはりきちんとした説明が必要である。(1988)
posted by 矢島正見 at 13:21| 我流雑筆