2016年07月03日

金子常規『兵器と戦術の日本史』「第一章」D

 とまあ、こんな内容である。「ほんまかいな」と思うと同時に、実に面白いとも思う。
 今までは、日本は任郡を拠点として、百済と連合を組んで新羅と戦ったと単純に思っていたのだが、百済と戦ったこともあるし、新羅と連合を組んだこともあるし、百済に勝ったり・負けたり、新羅に勝ったり・負けたりしている。
 しかもそれが四百年にわたる半島覇権戦争であり、と同時に倭国覇権戦争でもあったという。まさに半島―列島を舞台とした戦国時代だったのである。(1960)
posted by 矢島正見 at 10:17| 我流雑筆

2016年07月01日

金子常規『兵器と戦術の日本史』「第一章」C

 国内では、任郡独自再興派、百済との連合再興派、新羅友好(任郡放棄)派に分裂する。こうして最後は白村江の戦いに敗れ、半島覇権戦争四百年の幕は閉じる。
 半島から撤退し、半島と列島をまたにかけた海洋国家から海に囲まれた列島国家へと大和朝廷は変容する。それまでに四百年の覇権の歴史があったというのだ。まさに「海北四百年戦争」である。
 なお、祟峻天皇が任郡再興の軍を起こそうとしたのだが暗殺されている。また、新羅擁護派の大海人皇子(天武天皇)が皇位に着き、ここで完全に大和朝廷は朝鮮半島から手を引くことになる。(1959)
posted by 矢島正見 at 11:49| 我流雑筆