2016年06月27日

金子常規『兵器と戦術の日本史』「第一章」B

 大国主命出雲・三輪大神連合国家群を打ち破った卑弥呼連合国家群の倭国は半島に出兵して、百済、新羅を攻撃し、両国を打ち破る。さらに高句麗の領土にまで侵入する。
 応神朝(卑弥呼連合国家群の後裔王朝)の時代、半島支配は最盛期となり、半島の南半部全域、つまり現在の大韓民国領土部位を支配するに至る。海を挟んでの海洋国家の成立である。
 ただし、その後、高句麗は新羅に駐屯する倭軍を駆逐し勢力を拡大する。さらに、その後、百済、新羅の勢力が再興し、任郡の支配勢力は衰える。
 北九州の岩井の乱は単なる国内の乱ではない。新羅と連合を組んでの大和朝廷(元・卑弥呼連合国家群)への挑戦である。大和朝廷はそれを破るが、新羅の勢力の拡大のもと、任郡はさらに衰退する。(1958)
posted by 矢島正見 at 13:26| 我流雑筆