2015年09月19日

「『日本海軍の興亡』からの近代日本戦争史雑考」その30

 降伏に至るまで長すぎた。硫黄島玉砕で止めていればよかったのだが、無条件降伏を受諾する機会は未だ熟していなかったようだ。
 日本はポツダム宣言から慌て出した。そしてロシアの参戦が決定的となった。
 しかし、ぎりぎりの時点で「間に合った」。あとひと月降伏が遅れていたら、北海道はロシアの領土となっていたであろう。
 また、何よりもよかったのは、国民が終戦派と抗戦派とに二分化しなかったことだ。天皇の玉音放送が最大の効果を発揮した。阿南陸相の割腹自殺も、陸軍の組織だった反乱を抑えたのかもしれない。
 ヨーロッパの二分化、朝鮮半島の二分化、中国の内戦というなかにあって、日本は分裂を免れた。不幸中の幸いであった。(1839)
posted by 矢島正見 at 13:58| 我流雑筆